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どうして、なんで!と俺を見て顔を顰める耀に、俺はどう説明しようか悩む。剛さん達の話はしない方が良いだろう。もしかしたらおじさん達は学園長が剛さんだと言う事を知らない可能性があるし、耀に話してそれが光城家に伝われば、また色々とややこしい事になりそうだ。俺は優秀なとまでは行かずとも、せめて魔導士の端くれぐらいになれたら父さんも喜ぶんじゃないかと思う。その為にはまず耀の存在をどうにかしないと。
「何とか言えよ気持ち悪い!」
「悪い。えっと、俺宛にこの学園から手紙が来て…」
その言葉に耀が愕然とした。あ、そうだった。あれを持ち去ったのは耀だった。それなのに俺にまた手紙が来たなんて事になったら、プライドの高い耀の事だ。きっと怒る。それはもう凄まじく。
「っんで、お前なんかに来るんだよ!」
ガツッと足を蹴られた。また加減のない力で…光城家の人達は、加減せず俺を殴ったり蹴ったり(それをやるのは基本耀だけだけど)するから本当に痛い。思わずその場にへたり込んだ。今朝案内してくれた黒髪の人が、驚いたように耀を止める。
ざわざわと周囲の生徒が騒ぎ出す。
「あの姫があんなに怒って…」
「にしてもアイツなんであんな身なりしてんの?転校生?」
「Sクラスの前に立つなんて、アイツ終わったな」
「まあいいんじゃない。何か気持ち悪いし」
グッと拳に力が入る。やっぱり姫って耀の事か。凄いヤツ…この一年でほぼ周りを味方につけて、しかもトップクラスの一員で、ナル候補?とか言われて。対して俺は既に気持ち悪いって言うレッテルが貼られた。ああ、やっぱり駄目だ。こいつを前にすると、俺はどうしようもなく自分が無力に感じる。
「なになに、何の騒ぎ〜」
「テメェ俺の前歩くな!」
その間にも続々と人が来る。場の空気に合わない暢気で間延びした声がしたと思うと、何処かで聞いたような怒鳴り声。足を押さえながら見上げると、耀を後ろからギュッと抱きしめ肩口から俺を見下ろす銀髪の男と、俺の同室者の日比谷さんが立っていた。
「あ?こいつは…」
「誰、こいつ?」
日比谷さんと銀髪の人はそれぞれ違う反応を見せた。
「彼は転校生だ。さっき話しただろう」
「あーと、忘れた」
銀髪の人が、黒髪の人にメンゴと軽く謝る。喋り方といい見かけといい、チャラい人に間違いない。身長はやっぱり高くて羨ましいが。
「んで、何で耀が怒ってんだ?」
「それは…」
「こいつがなんかしたの〜」
俺が懲らしめようか?そう言って俺を冷たく見下ろす銀髪の人に恐怖を覚える。この人はたぶん、簡単に俺を痛めつけられる。なんとなく、そんな感じがした。ビクリと身体を震わせたのがいけなかったのか、耀がその瞬間をバッチリ見てて、彼に向って「うん。俺の前から消してよ」と物騒な事を言った。本当に嫌なヤツだ。
「やめとけ」
銀髪の人がニコニコしながら俺の前立った瞬間、日比谷さんが耀の後ろからそんな言葉を漏らす。
「どーゆー風の吹き回し?尚親が止めんなんてさー」
いつもなら真っ先に手を上げるのに。そう言って銀髪の人は、冷たく鋭い目をさせながらも口元は笑っていた。あれ、この顔…どこかで…。
「ソイツ、凪のお気に入りだから」
日比谷さんは呆れたように呟いた。
「手ぇ出して痛い目見るのは、お前だぜ」
「はあ?凪の?」
怪訝そうに銀髪の人が俺を見る。この人も、凪さんの知り合いなのか?そう思ったのだが、周りの生徒も「え、凪さんの!?」とか「何であんなヤツを…!」とか凪さんを知っているようだった。凪さんて別に生徒じゃないよな。なのにこんなに有名なんだ。凄いな凪さん。けど、俺が凪さんのお気に入りって、それは断じてないと断言できる。
「お前ッ、凪さんに何媚び売ってんだよ!」
すると突然、真っ赤な顔して耀が怒鳴る。黒髪の人に抑えてもらってなければ今にも飛び掛かってきそうだ。媚び…俺、媚び売ったのか?いつ?心当たりがない。よく分からないけど、怒っている耀を見ると、もしかしたら俺は凪さんに甘え過ぎたのかも。
どうすれば耀の怒りが収まって静かになってくれるか分からず顔を俯かせた俺の耳に、今日だけで沢山聞いた声が届いた。
「――宗介くん」
俺の名前を呼んだ人物を見て、また周りが騒ぎ出す。
凪さん…と小さく呟いた俺は、ニコニコしながら俺の方へ歩み寄ってくる凪さんを見て思った。ああ、そうだ。この笑い方だ。さっき銀髪の人を見て、何処かで見たことある気がしたのは。