21
痛む身体を無理やり起こし、決戦の場へ赴く準備を始める。
今日この日をやり切りさえすれば、俺は最強の名を手に入れられる。
そうしたら、あの日の俺は、間違っていなかったと証明できる。
だから――。
「こんな、バカみてーな脅しにのるかよ」
グシャッと自分に宛てられた手紙を握りつぶし、近くのゴミ箱へ投げ込む。
そこに書かれていたのはシンプルな文章。
『実技訓練を辞退しろ。さもなくば天罰を下す』
ストレートな脅迫文に、思わず笑みが零れる。やれるもんならやってみろ。誰にも俺の邪魔はさせねぇ。向かってくる敵、全て排除してやるよ。
*
スタート地点は、訓練を今か今かと待ち侘びる生徒達で賑わっていた。俺もその中の一人で、緊張六割、楽しさ四割と言ったところだ。初めてのことはやっぱり緊張する反面、楽しみにしているところもある。何が起こるのか、未知の領域に踏み入れる様なワクワク感があるんだ。
でも不安な事もある。今日、結局まだ日比谷さんと会えていない。と言うより、あれから一度たりとも日比谷さんと打ち合せ出来ていない。一度ぐらいはと思ったが、全く捉まらないのだ。具合もどうか心配だったけど、今日は大丈夫なのかな。
「全員、部屋ごとに並べ!」
すると、先生の声が響き渡る。とうとう始まるんだ。ドクドクと煩い心臓を押さえながら位置に着くと、そこには既に日比谷さんが居た。日比谷さんは俺の方をチラリと見ると、そのまま視線を真っ直ぐにやってしまった。俺は「今日はお願いします」と声を掛け、その隣に並んだ。チラリと顔色を窺うが、見た目からでは分からない。大丈夫な事を祈りつつ、何気なく辺りを見回すと、遠くの左斜め前に大樹が、その近くに那智先輩が見えた。晃先輩は俺の右斜め後ろに居た。そして、先生達が前に並んでいるその後ろには、黒服の人達がズラリと並んでいた。その中には勿論、凪さんの姿があった。
先生や凪さん達と一戦交えることもあるんだ。気合入れてかないと。
「ルールは事前に知らせてある通りだ。もし途中で棄権する場合、ポーチの中に入っている連絡鏡で知らせるように」
では、と一言先生が言うと、周りの空気が一斉に変わった。ああ、始まるんだと、俺にも理解できた。グッと持ってきた弓を握りしめ、隣の日比谷さんの存在を確認する。この生徒数だ。逸れたら終わりだ。日比谷さんだけは見失わないようにしないと。
「諸君の健闘を祈る。また、頂上で会おう!」
声高々に先生が皆へとエールを送ると同時に、パンッと空砲が鳴る。それがスタートの合図だった。一斉に飛び出す生徒達。走ってまずは森に向かうんだ。俺も走り出そうとしたところで、俺は既に隣に日比谷さんが居ないことに気付いた。
「おい根暗!こっちだ!」
一瞬頭が真っ白になりかけたが、何処からか聞こえて来た日比谷さんの声に我に返る。声のした方向を見ると、意外な事に日比谷さんは集団の後ろの方に居た。俺は急いで駆け寄り、日比谷さんの隣に再び並んだ。
「おせぇ」
「す、すいません」
でもお蔭でまた合流できたし良かった。でももう少し違う呼び方がいいなと思うが、それは心の中にしまっておこう。ホッと一息吐く俺の横で、日比谷さんは森を見て少し眉を顰めた。
「あの、前に行かないんですか?」
「あ?」
「あ、いえ、もっと前に居るかと思ってたので」
俺の言葉に面倒くさそうに溜息を吐いた日比谷さんは、仕方ないと言う表情で俺に説明し始めた。
「那智から聞いてねぇのかよ。この試験の内容」
「去年のをある程度は教えてくれました」
「当然、毎年同じことが続く訳ねぇだろ」
「え?」
そう言われ、漸く日比谷さんが集団の後ろに居る理由が分かった。
「前に出ることだけが近道な訳じゃねぇ。去年と違う仕掛けがある可能性を考えて、出方を窺うのは基本だ」
思わずほへーと口を開けて呆けてしまう。そんな俺を横目に見た日比谷さんは、チッと舌を打った。
「んだその顔殺すぞ」
「す、すいません。でも、驚く程冷静で……」
純粋に凄いと感じた。此処まで慎重に考えることは、きっと俺には出来なかった。日比谷さんはそれを当然として自然にやっていた。素直に感心するしかない。
「……テメェ、マジで足引っ張んなよ」
「はい!」
この人からはきっと色々学べる。そう直感した。
出来る事なら、試験の中でこの人の戦い方や考え方をより多く感じられればいいなと思いながら、俺は森へと足を進めた。