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「……」
「宗介、大丈夫?今日なんか調子悪い?」
「え?」
「授業中もボーッとしてるから、熱でもあるの?」
「ないよ。ごめんな、心配かけて」
俺の顔を心配そうに覗き込む蓮に、俺は笑みを返す。具合が悪い訳でもないのに蓮に心配かけて、何やってるんだ俺は。蓮はまだ心配そうに俺を見ているが、俺は何でもないのをアピールする為にその日、必要以上に笑っていた。
けど、こうして授業中など一人の世界になると、フと昨日の事が頭に浮かんで考え込んでしまう。そう、昨日の那智先輩の言葉。
『約束して……もう二度と、アイツと会わないって』
結局あの後、有耶無耶なまま俺達は別れた。首を縦に振らない俺に、那智先輩は酷く悲しそうにしていたが、凪さんはそんな那智先輩の腕を引いて俺の元から去って行った。何で那智先輩はあんなことを言ったんだろう。そもそも、那智先輩や凪さんはどうしてレイさんを知っていたのだろうか。二人は、俺の知らないレイさんを知っているのか?
(分からないな……)
昨日の事を聞こうにも、結局今日は那智先輩は昼休みに姿を見せなかった。
自分には分からない事ばかりで、俺はどうすればいいんだろう。二人は、まるでレイさんを悪者のように扱う。レイさんは、悪い人なのか?でも、レイさんは俺を何度も助けてくれた。那智先輩や晃先輩の事だって、俺はレイさんの力や助言がなければ出来なかっただろうし。
それに、最後レイさんが言った言葉が気になる。
(黒い扉には気を付けて……か)
昨日言われた直後は何のことか分からなかったけど、今日考えていて、もしかしたらレイさんはあの事を言ってるんじゃないかと気付いた。そう、俺も一度だけしかない。しかも夢の中だけど、見たことがあるんだ……あの、黒い扉を。あそこから見えた、黄金の目を。
レイさんは、あの目が何なのか、あの扉が何かを知っていて、俺に忠告して来たんじゃないか?俺の夢と、その扉が何の関係があるかは分からないが、レイさんの居る部屋と繋がらないのは、それが何か影響しているからなのか?
正直、今の俺に分かる事は少ない。でも、やっぱりレイさんが悪い人だなんて俺には思えない。だからと言って、二人の言葉を全く信じないで居るのも失礼だし。
(ホント、どうしよう)
今度の訓練だけでもいっぱいいっぱいなのに、俺の頭の中はもうグチャグチャだ。
授業中、俺は誰にも気づかれない様、静かに息を吐いた。
*
「宗介」
「……!晃、先輩?」
全ての授業を終え、大樹との特訓に向かおうとする俺を、廊下の角から顔を出した晃先輩が呼び止めた。恐らく人目を気にしてだろう、ちょいちょいと俺を手招きする晃先輩に急いで駆け寄った俺は、先輩に手を引かれ空き教室に身体を滑り込ませた。
「すまないな、こんなコソコソと」
「いえ。俺みたいのと晃先輩が話してると、先輩に変な噂が立ってしまいますから」
「……歯痒いな」
「え?」
「俺も、お前の傍に居られればいいんだが」
そう言って俺を見つめる晃先輩は、何処か残念そうだ。
「先輩?」
「いや、何でもない。それより、昨日の話を那智から聞いた」
「――!」
『昨日』。それはもしかしなくても、レイさんとのことだろう。でも何で那智先輩は晃先輩にまでそれを言ったんだろう。先輩も、レイさんを知ってるのか?
「宗介。今まで、お前はその男と何をして来たんだ?」
「な、何、とは……」
「お前は那智の言葉に決して首を縦に振らなかったと聞いた。別にそれを強要するつもりはない。けど、お前がそこまで頑ななのは、あの男と何かあるからだろう?」
そう言って俺にレイさんの事を聞いて来る先輩に、俺は何も言えずただ俯く。先輩たちのレイさんの事を話すのは簡単だ。けど、レイさんがそれを望まない。秘密にしてくれと、俺に言ったのだから。でも、俺が黙っていることで大切な人達が傷ついているのも事実だ。
なら俺は、話すべきなのか?分からない、俺はどうすれば……。
「……っ」
「一つ確認だ。お前は何かの魔導をかけられ、脅迫されている訳ではないんだな」
「そ、そんな事有り得ません!そんな事するような人じゃッ」
ない。と言い切れないのは、俺がレイさん自身をよく知らないからだ。それでも、そう言う人じゃないって、悪い人じゃないって俺は思う。だから、やっぱり本人の気持ちを無視して話すことは、俺には出来ない。
「ごめんなさい、先輩……俺……」
「那智は、お前の為になるなら、きっとアナライズをお前相手でも使うだろう」
「――!」
「けどそれは、最終手段だ。お前に危害が及ぶと分かったらとる、最後の手段。あいつ自身もお前を苦しめることは絶対にしたくない筈だからな」
「晃先輩……」
「無理にとは言わない。だが用心はして欲しい。俺達も、決して警戒は解かない。それが、俺達の精一杯の譲歩だ」
俺は、その言葉に首を懸命に縦に振った。無理強いはしたくない、そう言う先輩達の気持ちが伝わったからだ。俺が謝罪の意味も込めて頭を下げると、その頭を先輩はポンポンと叩いてくれた。
「顔を上げてくれ」
「でも、俺が我儘言って困らせているので……」
「我儘なんて思うな。けど、お前の優しさは少し危ういな」
「え?」
「何でもない。引き止めて悪かった。特訓、頑張れよ」
そう言って、先輩は静かに俺の元から去って行った。
俺は、優しくなんかない。結局は、自分に都合のいい道を選ばしてもらってるだけだ。でも、いつかレイさんや皆の間にある蟠りが解けて、笑い合える日が来るといいなとは思う。