伝説のナル | ナノ


18

「レイさん……?」

 小さく壁に囁きかけても、何の反応もない。確かにレイさんは言っていた筈だ。俺が呼べば、あの部屋が来ると。そして俺は一度あの扉を開いた。だから、あの言葉は嘘ではない筈なのに。なのに何でだ?何でレイさんは答えない?俺の声が聞こえていないのかな?

「レイさん、俺です。宗介です」

 思えばいつもコンタクトはレイさんからだった。俺が困っている時に必ずレイさんは声を掛けて来た。だから今回も、もしかしたら俺の様子を見てくれてたりしてるかと思ったんだけど。レイさんだってそんなに暇じゃないよな。
 しかしそこまで考えてフと思う。

(今更だけど、レイさんって何者なんだろう……)

 気にしたことがないと言えば嘘になるけど、それでもあの人からは他の人とは違う何かを感じるんだ。それが何とは言えないけど、初めて会った時から、何だか他人とは思えない様な、何だか不思議な雰囲気を持っている。

(何かあったとか、そう言うんじゃないといいんだけど)

 俺の呼び掛けに応えない以上、レイさんの安否は不明だ。取り敢えず、日を改めてもう一度話しかけてみよう。そう思い、壁から離れようとした時だった。


「――宗介」
「……ッ!?」


 ガバッと後ろから突然抱き締められ、驚いた俺は一瞬息が止まりそうになった。ついさっきまで人一人居なかったのに、いつの間に俺の背後に?それに、今宗介って呼ばなかったか?つまりは知り合いな筈だ。だけどその声に覚えがなく、俺は恐る恐る振り返り、肩越しから様子を見る。

「え、と……」

 案の定知らない人だった。対応に困り、それ以上言葉が出ない。全く見覚えがないぞ。制服じゃないから同じ学年かも分からない。でも俺を呼んだってことは俺を知ってるってことだよな。駄目だ、訳が分からない。
 俺がウダウダ考えている間にも、相手はグイグイと俺との距離を詰め、至近距離で俺の顔を眺め出した。

「宗介、よく顔を見せて」
「っ、ちょ……」
「うん。此処に来た時より大分良い顔になったね」

 何だか今の話し方に覚えがあるような気がして、首を傾げる。そんな俺を見て、その人がクスリと笑った。

「私を呼んだだろう?」
「レイ、さん?」

 そうだ、レイさんの話し方にそっくりなんだ。その名前を呟くと、その人は当たりと言わんばかりにまた笑みを深める。

「どうして、レイさん……その姿は……?」
「悪いけれど、長く話してる時間はないんだ。こうして他人の身体を使うのにも限界があってね……」
「え?」
「宗介が呼び掛けてくれたから、漸く居場所を掴めた。良かった、キミの顔がもう一度見れて」

 そう言ってまた俺を抱き締めるレイさん。けど、どう言う意味なんだろう。俺の顔がもう一度見れてって。俺の居場所も分からなかったと言ったな。それはどうしてなんだろう。時間がないと言えど、俺が扉を開けない事と何か関係があるのかと思い、俺は抱き締めるレイさんに問い掛けようとした。


「あの、レイさ……」
「――その子を離せ」


 しかし、俺の問い掛けは、冷たく鋭い声によって遮られた。レイさんは、すでにその人達の存在に気付いていたのか、そちらに顔を向けていた。釣られてそちらを見ると、やはり今の声、間違いない。そこに立っていたのは、凪さんと那智先輩だった。
 でも、何で二人が此処に?


「今すぐ宗介から離れて」
「嫌だと言ったら?」
「そんなの分かり切ってるだろ」
「きっと接触してくると思ったよ。でも残念。お前に宗介は渡さない」
「キミの許可がいるとは思ってないよ。再起の子」
「挑発に乗るなよ那智」
「分かってる……けど、ムカつく」


 ムッとした表情の那智先輩が、一歩前に足を踏み出す。瞬間、先輩の背後から闇が溢れだした。金の瞳が淡く光ってるってことは、あれは先輩の魔導だ。どうして?何で先輩がこんな所で魔導を?訳が分からず混乱する俺の耳元で、レイさんが囁いた。


「……残念だけど、この身体じゃ上手く力も使えない。今日の所はこれで帰るよ」
「え?」
「宗介――『黒い扉』には気を付けて」


 黒い、扉?
 そう聞き返す前に、レイさんが借りたと言う生徒の身体が地面に倒れた。

「レイさん!?」
「宗介!」

 俺がその人に駆け寄る前に、那智先輩が俺の行動を制した。そして代わりに凪さんがその人の元へ近寄り、倒れた生徒の様子を窺う。そして左右に首を振る。

「……どうやら、ヤツはもう居ないようだな」
「一戦交えることになるかと、覚悟してたんだけどね」

 フッと息を吐いた那智先輩は、そのまま呆然と立ち尽くす俺を見て、少し困った顔で笑う。そして、さっきレイさんがしたように俺を正面から抱きしめた。


「那智、先輩」
「宗介。約束して……もう二度と、アイツと会わないって」
「え……」


 ――お願い、宗介。
 その声は酷く優しく、まるで俺を諭すようだった。
 でも分からない。アイツって、レイさんのことか?どうして会ってはいけないのか。先輩の言葉に素直に首を縦に振る事は出来ない俺は、ただ黙って立つしか出来なかった。
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bkm