伝説のナル | ナノ


17


 もう目前に試験の日が迫っていたある日の事。
 俺は今日も大樹と一緒に練習に明け暮れていた。最初は大樹の猛攻から逃げる一方だった俺も、漸く動きに慣れて来たのか、少しは反撃出来るようになってきた。それに、何だか最近変なんだ。

「……」
「宗介?どうかした?」

 大樹が、呆然と自分の手を見つめる俺を不思議そうに見ていた。

「いや、なんか最近、身体が変で」
「……!変って、どんな!?」
「え?あ、いや、大したことではないんだけど……」

 そんなに食いついて来るとは思ってなくて思わずたじろいでしまう。そう、別に悪いことじゃない。寧ろ良い変化と捉えてもいいだろう。

「最近、凄く力が溢れてくるんだ」
「……」
「だからかな。授業で使う魔導も最近は成功することが多くなってきて」

 それが自信に繋がって凄く嬉しいんだ。そう言って笑うと大樹は少しだけ複雑そうな顔をした。その表情の意味が分からず、俺は首を傾げる。

「大樹?」
「……え?」
「どうかしたのか?」
「いや、どうもしないよ」
「けど……」

 何でもないって顔じゃない。そう言おうとした俺の言葉を遮り、大樹が俺の両肩を力強く掴んだ。そしてやけに真剣な顔で俺に言った。

「宗介。もしそれ以上に身体的な変化があったら、すぐに俺か……」

 そこで言葉を切った大樹は、少しだけ迷う素振りを見せ、首を振った。

「――黒岩先輩か、白河先輩に言うんだ。絶対だよ」
「え?」

 思いもよらぬ言葉に、俺は目を瞬かせる。大樹自身もその言葉を口にしたくなかったのか、少し不満げな顔をしている。思わずその顔を見て笑ってしまった。

「笑うなって。大事なことなんだぞ」
「悪い……けど、大樹が二人の事をちゃんと呼んだの、初めて聞いたから」
「っ、そ、そんなことないって。ちょいちょい呼んでだよ」

 プイッとそっぽを向いてしまう大樹だが、その顔は何処となく赤い。それを見て、また俺は小さく吹き出してしまう。

「ははっ」
「宗介!」

 最近根を詰めていたから、こんな風に大声で笑ったりとか出来なかったな。何だか少しスッキリした。日比谷さんとペアで出場出来ると決まっても、俺は未だに日比谷さんと打合せも出来ていないし。そもそも日比谷さん的には必要ないことなんだろう。俺との打ち合わせなど。
 まあ俺は全力でサポートすると誓った訳だし、作戦は日比谷さんに任せようと思う。と言うより俺の戦術なんかは全く役になど立たないのが正解。さっき大樹と戦術の組み方を話し合ったけど、俺が考えるのはどれも負け戦になってしまうパターンばかりだった。

「でもホント。絶対言ってよ」
「……ん、分かった」

 これ以上の変化はないと思うんだけど、心配そうな大樹にそんな事言えない。
 俺は大樹の言葉に小さく返事する事しか出来なかった。





 今日も特訓が終わり、俺は少し筋肉痛な身体を引き摺りながら、自分の身体に何が起こっているのだろうかを考える。大樹の反応からして、俺の魔導が調子いいとあまり良くないのかもしれない。それが何故かは分からないけど。

「そうだ……」

 ――レイさん。
 レイさんなら、もしかしたら何か知ってるのかもしれない。何故だが唐突に思いついたその人の名前。俺はいつぞやの礼も兼ねて、久々に逢いに行ってみようかと思った。急いで準備に取り掛かった俺は、人気がない事を確認して、そして壁に手をついた。


「――来い」


 一言、それだけを言った。前と変わらない、何一つ手順は間違っていない。それなのに、壁には一向に扉は現れない。


「え……?」


 部屋が、来ない。
 その事実を知り、俺は呆然と壁の前で立ち尽くした。
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bkm