伝説のナル | ナノ


16

 真っ直ぐ、的に向って矢を放つ。止まっている的には勿論、今日は動いている的にもよく当たる。凄く調子が良いと自分でも判断できた。

「安河内、良い調子じゃないか」
「……っ、ありがとうございます!」

 滅多にない教師からの褒め言葉に、俺は心の中でガッツポーズを決めた。これもきっと、大樹との特訓のお蔭だな。鼻歌まで奏でそうな俺に、蓮がコソッと話しかけて来た。

「すごいじゃん宗介!」
「ありがとう。何て言うか、自分でもすんなり動けると言うか……」

 そう、迷いがなくなったんだ。今まではその迷いが、自分をセーブしていたのかもしれない。こんな自分は役に立つのかとか、魔導の発動もどうして出来ないんだろうとか、そう言う一つ一つの悩みが俺を抑えていたんだ。けど、昨日決めた。

「俺、日比谷さんの手助けがしたいんだ」
「宗介……」
「日比谷さんは俺の手助けなんか求めてないだろうけど、それでいいんだ」

 役に立つかどうか、それを俺が考えていても仕方ない。
 だって――。


「俺がそうしたいって、思ったから」


 自分の心を動かす理由。それがこんな曖昧でも、自分の気持ちに素直になった結果なんだ。これ以上ない判断材料な筈だ。だから、構わないよな。





「……ッ」

 身体が熱い。このところ、ずっとこの調子だ。胸が締め付けられる様な息苦しさも、思考を鈍らせるこの熱さも、もううんざりだ。

「クソッ」

 早く、早く試験の日が来れば、この苦しさからもきっと解放される。俺が誰よりも強いって、あの雷霆よりも強いと証明できればきっと――。

「あの根暗……」

 俺の同室のあの男。朝っぱらから何を言い出すかと思えば、急に顔つきが変わったように俺のサポートをするとか抜かしやがった。そう、本当に雰囲気が変わった。それは今まで見て来たアイツの弱さとは違う。俺を一瞬畏怖させるほどの、異質な何かだった。
 結局、那智の野郎が急にチャイム連打し始めたから曖昧なままあの根暗との会話は終わったが、アイツは一体何なんだ。凪や那智、大地のガーディアンだけじゃない。あの晃聖までも、あの根暗に構いだした。しかも、全員ガーディアンと来た。アイツらは周りからそんな自分たちの変化を悟られない様にしているのか、晃聖は昼間あの根暗と一緒に行動はしない。ずっと、今まで通り耀の傍に居る。そして那智も、大地のガーディアンも、今まで逃げ続けた割に最近は耀の言う事を聞くようにしている。
 周りには分からない変化、だが俺はそんなアイツらの行動を不審に思っていた。それは耀も同じだろう。何となく気付いている節がある。正直分からない。あの根暗に何がある?その何かを知ってしまったら、俺もアイツらの様に変わってしまうのか?


(絶対、そうはならねぇ……)


 だが全ての事象があの根暗に繋がっているのは確かだ。
 決して気を許したわけではない。認めた訳でもない。俺が試験を受ける為には、嫌でも同室者をペアとしないといけない。追試で受けたって意味がない。あの凪の記録を超えるには、本試験で受けないと意味ねぇんだ。だから、ただそれだけだ。


『お前の求める姿には、永久に――』
「――ッ!」


 ガンッ!と以前凪に言われた言葉を振り払うように壁を殴った。
 うるせぇんだよ、テメェにだけは言われたくねぇんだ。お前なんかに、俺の気持ちは到底理解できないだろうよ。最強と謂われるお前には、絶対。
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bkm