伝説のナル | ナノ


15


「仕方ねぇからお前と出てやる」
「え?」

 項垂れてても仕方ない。
 そう思って部屋に入って早々、偶然ばったり会った日比谷さんに掛けられた言葉に、俺は目を丸くする。え、今なんて?まさかそんな言葉を貰うとは思ってなかった俺は、中々言葉が出ずに呆然としてしまう。そんな俺に構わず、日比谷さんは再び自室へ入ろうとした。

「あ、あの。でも身体は――」

 咄嗟にその背中に掛けた言葉は、日比谷さんの身体についてのことだった。けど俺の言葉は被せる様に吐き出された日比谷さんの言葉に遮られた。

「言っとくが、足手纏いだと分かった瞬間、テメェを捨て置いて行くからな。それだけは覚えとけ」
「――!」

 グッと息を詰まらせた俺を一瞥し、日比谷さんは扉を閉めた。
 朝見た時よりも体調は良さそうだったけど、それでも少し顔色が悪い様に思えた。まだ本調子じゃないんだ。それなのに、どうしてあんなに嫌がっていた俺と出てくれるんだ?いや、俺は凄く嬉しいんだけど、辞退しても追試だって言ってたし、我慢してでも試験を受けたかったのかな。

(でも、試験を受けたら――)

 晃先輩は、このまま試験を受ければ只では済まないって言ってた。それは、死んでしまう可能性だってあるだろう。魔力は魔導士に欠かせない物。それが暴走すれば、身体だって耐え切れない。それなのに、どうして日比谷さんはそうまでして試験に出たいんだろ。


『お前、今年こそ歴代一位の記録を抜くとか何とか言ったらしいな』


 フッと、この間日比谷さんと凪さんが話していた時のことが頭に浮かんだ。そうだ、日比谷さんは今年こそ一位の記録を抜くって言ってたんだ。そして、本物の強さを手に入れるって。今年日比谷さんは三年生。今年だけなんだ、凪さんの記録を抜くのは。
 だから、無理にでも参加するつもりなのか。それで、自分の身体が壊れてしまうかも知れないのに。

「……っ」

 俺は、どうするべきなんだろう。
 日比谷さんとペアで出る以上、俺はもう無関係ではない。正直日比谷さんの身体が心配だ。本当なら、出るべきではないと思う。けど、その一方で、やっぱりその目標の手伝いが出来ればとも思ってる。ペアとして、俺はどちらを選べばいいんだろう。





「よし」

 俺は決意を胸に、自分の部屋を出た。あれから昨日色々考えた。足りない俺の頭ではそれが正解かも分からないけど、でも自分で考えないといけないことだから。相談せず、勝手に決めたことを皆怒るかもしれないけど、やると決めたら絶対諦めない。


「おい」
「――!」


 するとタイミングよく、自室を出たところで日比谷さんと出くわした。でもこの様子じゃ日比谷さんが俺を待っていたみたいだな。どうしてかは分からないが、その顔は酷く怒っているように感じる。

「テメェ、何余計な事言ってんだよ」
「余計な事……?」
「耀に何か吹き込んだんだろ」

 その言葉に、俺は思わず目を見開く。

「もしかして、耀から止められたんですか?」
「やっぱりテメェか!」

 勢いよく胸倉を掴まれ、俺は思わず顔を顰めた。喉が圧迫され息が苦しい。けど、思わぬ嬉しさから思わず笑みが零れる。そんな俺に、日比谷さんが訝しげな顔をした。

「何笑ってんだよ、気味悪ぃ」
「すいません……」

 俺の為ではないと分かっていても、それでも耀が日比谷さんに声を掛けてくれた事が嬉しくて、思わず顔が笑ってしまうんだ。耀も、日比谷さんが大事なんだな。


「日比谷さん」
「あ?」


 俺は胸倉を掴む日比谷さんの腕をソッと掴んだ。そして、昨日の決意を日比谷さんに伝える。

「本当は、日比谷さんの身体が壊れる位なら辞退して欲しいと思って、耀に頼みました」
「……」
「けど俺は、日比谷さんが今回の試験にどれだけの気持ちで臨んでいるかを知って、分からなくなりました」

 止めるのは簡単だ。出なきゃそれでいいだけだから。でも、それでは何も残らない。何かを残すなら、やはり参加しないと意味がないんだ。

「チッ。テメェ、知ったようなこと言いやがって……」
「だから俺、やります」
「ッ――!」

 日比谷さんが突然俺から離れた。結構距離が開いたが、俺は構わず続ける。


「――貴方が頂上に着くまで、全力でサポートします」


 俺の全てで、支えてみせる。
 そう決めたんだ。
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bkm