13
『――ずっと、傍に居るから』
そう、お前の優しい声が聞こえた気がしたんだ。
*
「……っ」
「起きたか」
身体が重い。最悪の目覚めだ。
けどそう思う以上に今現在驚きが勝っている俺は、思わず目の前の人物を凝視してしまう。
「なんで、テメェが……」
何故白河の坊ちゃんが此処に居るんだ。
しかも、俺の部屋に上がり込んで。あ?俺の部屋?俺は確か昨日リビングに倒れ込んだ筈。なのにどうして自分のベッドで寝てんだ。
「……」
「疑問に感じているようだから教えてやる。宗介がお前を運んでくれたんだ」
「は……?」
宗介と言われて思いつくのは、同室のあの男だけ。
あの根暗が、俺を運んだ?
「宗介から連絡があった。お前が真っ青な顔で寝ていると。俺としては放って置いても構わなかったんだが、宗介からの頼みとなれば断る訳にもいかない」
淡々と事実であろうことを述べる晃聖は、それだけだと言って俺の部屋から出て行こうとする。この野郎、マジで意味分かんねぇ。つか、こいつに看病されたとかマジかよ。
「……おい」
「忠告だけしておいてやる。再来週の実技、辞退しろ」
「ああ?」
「今年は色々あって開催時期が早まった。だからやめておけ」
人の起き抜けに何ほざいてんだこの野郎。苛立ちから相手をきつく睨むも、このお坊ちゃんは顔色一つ変えず、俺を静かに見据える。
「分かっているんだろ?今回の試験日が丁度何の日なのか」
「……うるせぇ」
「今のその状態のまま身体を酷使すれば、死ぬぞ」
「うぜぇッ!さっさと出てけ!燃やすぞ!」
それ以上の話をする気にもなれず、俺は声を荒げて拒絶の意を示す。
「フッ、まるで手負いの狼だな」
「……」
「お前ならもしかしてと思ったが……俺の買い被りだったようだな」
「何の話だ」
「なに、お前には関係のない話だ」
それじゃあ、忠告はした。後は好きにしろ。
言うだけ言って、アイツは部屋を出て行った。アイツが出て行った扉に向って、俺は近くに置いてあったダンベルを投げつける。行き場のない気持ちだけが、俺の中で燻っている。どいつもこいつも、腹が立つ。
*
「宗介」
「あ、晃先輩」
昼休み、いつもの場所で皆とお昼を食べていると、珍しく晃先輩がやって来た。それに驚いたのは俺だけではないらしく、三人とも目を丸くしていた。
「ちょっとー、耀はどうしたのさ」
「一瞬席を外すと伝えてある。すぐ戻る」
俺の傍までやって来た晃先輩は、辺りを見渡すと、少し声を落として俺に伝えてきた。
「日比谷の事だが……」
成る程、それを俺に伝えに来てくれたのか。
昨日、そのまま深い眠りについた日比谷さんを何とか部屋に運んだ後、晃先輩に連絡を入れた。そしてそのまま起きるまで日比谷さんを見ててもらったんだ。
「どうでした?日比谷さん、調子よくなりました?」
「また尚親と何かあったの?」
「あ、いえ、調子が悪いようでして」
心配する那智先輩にそう言うと、先輩が驚いたように目を見開いた。そしてそのまま晃先輩へと視線を移す。晃先輩はその意味が分かっているのだろう、ゆっくり那智先輩に頷いていた。
「結果から言うと、俺の治癒ではあれは治せない」
「え?」
「あれは、病気ではないからな」
「……何やってんだよ尚親」
苦々しい顔をして那智先輩が呟く。なんでそんな顔してるんだ。
そして晃先輩も、何処か呆れた様な表情をしていた。
「一応は実技を辞退する様言ってきた」
「え!?」
「いやー、それ絶対聞かないでしょ」
「だろうな」
「そ、そんなに悪いんですか日比谷さんっ」
まさかそんな事態にまでなっているとは思っても見なかった。慌てる俺に那智先輩が「落ち着いて」と穏やかな声で言う。けど、その表情は少し困っている様にも見えた。
「悪いって言うか、このままだと余計悪化する感じかな?」
「それは、どう言う……」
「あ、そっか」
それまで俺達の話を聞いていた蓮が、何かに気が付いたように声を上げる。そして大樹も、「そっか」と何処か納得いく表情を見せていた。
「丁度さ、今回の実技の試験日」
「――半月、だったよな」
このままだと悪化する。それで漸く先輩の言った意味が理解できた。
日比谷さんの魔力がもっとも安定しない日、それが今回の試験日と重なったのだ。