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翌朝、目を覚ましリビングに出た俺は、昨日と何ら変わりのない部屋を見て思わずため息を吐く。一応確認をしに玄関まで行くが、やはりそこに靴はない。結局、日比谷さんは帰って来なかったんだ。
(……俺が居るから、だよな)
追い掛けたのはいいが、結局謝れてもいないし。俺が来る前から凪さんと何か話してたみたいだけど……最後、凪さんの言葉に言い返さなかった日比谷さんは、一体どんな顔をしていたんだろう。
『お前がいくら独り善がりの強さを手に入れても、それは本物の強さとは言わない』
昨日の凪さんの言葉が頭に浮かぶ。
日比谷さんもまた、那智先輩や晃先輩のように強さを求めているのだろうか。二人がそうであったように、きっと日比谷さんが求める強さもまた、俺の思うような強さじゃないんだろうな。
「強さ……か」
強い人ほど、その壁に行く手を阻まれる。
強さって、本当の強さって、何なんだろうか。
*
「掲示板、見た?」
「ああ。さっき見て来た」
「何でも、この所のガーディアン騒ぎで色々予定が狂ったらしくて……」
「それで時期が早まったのか」
「後二週間、だって」
そうだよな。晃先輩がガーディアンになった話も、結局はあっという間に広がったもんな。学園内は落ち着いても、やはり学園の外はまだ騒ぎになっているらしい。それの対応に追われる学園も、それで予定が狂ってしまったとか。
分かってる、仕方のないことだって。でも、このまま俺が日比谷さんとペアを組んでもいいのか?
「……」
「宗介……」
浮かない顔の俺を気遣ってか、大樹が心配そうに見つめてくる。どうしよう、ただでさえ問題が解決しない内にもう時間さえ無いなんて。思わず顔を俯かせた瞬間、グイッと力強く腕を引かれた。俯かせた顔が必然的に上がる。
「だ、大樹っ?」
俺の腕を引っ張る大樹の背に声を掛ける。その声に大樹が振り向く。だがそこには先程の様な心配そうに俺を見つめる大樹は居らず、どちらかと言うと……そうだ、この表情は。
「宗介。こう言う時はさ――」
「『練習あるのみ』か?」
大樹が言わんとする言葉を先に言うと、大樹は一瞬目を瞠り、答えだと言わんばかりにニッと笑う。そう、この強く前を向く眼差しは、高校の時部活でよく見た目だ。いつだって俺を引っ張ってくれる大樹は、俺が息詰まる時笑ってこの言葉を口にした。
「付き合うよ。宗介が満足行くまで、ずっと」
「……ありがと。大樹」
「いいよ、お礼なんて」
こうして俺の特訓にとことん付き合ってくれるのは、大樹くらいだよ。いつだって、こうして俺の手を引いてくれる。時間がない、余裕がないと焦っていた自分が嘘みたいに、心が落ち着いていくのが感じられる。
やっぱり感謝せずにはいられないよ。こんな友人を持てて、俺は凄く幸せ者だ。
「その代わり、厳しく行くから!」
「お、お手柔らかに」
けどまあ、前からこうした特訓に熱が入ると自分で言ってた通りかなり厳しい特訓が続く。弓道の時もそうだったな。手を抜かない、努力する大樹らしいけど……ちょっとその時の特訓の厳しさを思い出して苦笑した。
*
「い、てて……」
色んな反動からか、身体中が痛い。やはり大樹の特訓は厳しいものだったが、凄く練習になった。と言うかゆっくり構えて矢を放つ余裕がないのは、考えていたよりも難しい問題だ。動き回って一瞬動きを止めた時に放つ。的を狙ってそれを何度か繰り返していたんだが、外した回数の方が多い。
そして何より、魔導の発動がまちまちなのがまた……。大樹も困った顔で唸っていた。何故属性魔導だけ俺はこんなに下手くそなのだろうか。補助魔導は何とか使えると言うのに。
「う……ドアノブ回すのも痛い……」
今日はお風呂で温まって早く寝よう。そう思って扉を開けた俺の目に飛び込んで来たのは、玄関に置いてあった靴だった。
(日比谷さんの靴……!)
帰ってきたんだと歓喜する一方で、俺はある異変に気付く。どうして部屋の中が真っ暗なのだろうか。扉を開けて、部屋中が闇に包まれていることに、俺は首を傾げた。