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「それでは各々、武器に慣れる為暫く時間を使ってくれ」
そう言って先生たちは、今しがた選んできた武器を持つ俺達を見守る。そして使い方に迷いが出たり何かアドバイスがあったら先生たちの出番と言う訳らしい。それまで自分達でこの武器を馴染ませないといけない。
「うわっ、宗介それ……!」
「ああ。弓道で使う弓だ」
「結構大きいんだね」
「使い慣れた物、これしか思い浮かばなくて」
「でも、宗介ならそれも使い熟せそうだね。皆大きくて動きにくいからって敬遠しがちだけど」
「俺、日比谷さんが近距離で動くタイプなら、後ろから支援できるタイプになればいいんじゃないかって思って」
「宗介……」
「まあ、まだ一緒に実技訓練やってくれるか分からないけど」
思わず苦笑いする俺に、蓮は大きく首を横に振り、そして笑った。
「大丈夫だよ!宗介がそれだけ考えてくれてるんだから。きっと伝わるよ」
だから頑張ろう!
そう意気込む蓮に、俺は「ああ!」と大きく返事をした。本当に嬉しい。こうして、俺の事を思ってくれる友人がいるって言うのは、こんなにも心地良いことなんだな。
「よし。やるか」
「おう!」
だから俺も、それに応えられるよう頑張らないと。俺だけ弱音を吐くなんてみっともない。そう思ったのだが、中々現実は上手くいかないと言うのを、俺は夜知る事になる。
*
「――オマエ、此処から出てけよ」
「え?」
「那智でも白河のお坊ちゃんでも凪の所でも、好きなトコ潜り込めんだろ」
アイツらなら、テメェを追い出すことはしねぇだろーし。
夜、俺がお風呂から上がると、リビングに日比谷さんが居た。あれ以来顔を合わせていないだけあって緊張する俺に、日比谷さんは冷たい一瞥と共にそんな言葉をくれた。訳が分からず思わず呆けてしまう。いきなり過ぎて理解が追い付かない。
「あ、あの。どうして……」
「あ?目障りだから以外ねぇよ」
「……」
「耀の従兄弟だっつーから放って置いたが、チョロチョロうぜぇし。それに周りにアイツら連れてんのもうぜぇ」
――これ以上此処に居られると迷惑なんだよ。
そう言って俺を見る日比谷さんの目は、本当にそう思って言っているのだと分かる。冷たい、怖い目。俺はこの目をよく知っている。いつも、こんな目で見られていたから。
「それにテメェなんかと一緒に試験なんか受けてみろ。絶対成績なんか残んねぇよ」
その言葉に、グッと拳を握る。
頑張ろうね!そう言って俺を励ましてくれた蓮。きっと俺の思いが伝わると、そう信じてくれた。けど実際日比谷さんにはそんなの関係なくて、こうして俺を全力で拒絶してる。怖い、怖いよ。思い出したくもない。忘れたいさ、こんな感覚。でも、俺が此処で逃げたら、本当にそれで終わりだ。信じてくれたその思いまでをも無駄にしてしまう。それだけは、嫌だ。そう思えるだけ、俺は少しは成長できたのだろうか。
「お願いします……っ」
「あ?」
俺を見下ろす日比谷さんに、頭を深く下げた。怪訝そうな日比谷さんの声が耳に届く。
「俺、これ以上、皆に迷惑掛けたくないし……それに、試験も絶対、邪魔にならない様にします……だから!」
「――そう言うのがうぜぇって言ってんだよ」
「ッ、ぐ……」
身体を震わせるほどの冷たい声。その声に釣られ頭を上げる前に、俺は首を掴まれそのまま床に倒された。一瞬気管がつまる感覚に恐怖が湧いて来る。息苦しさを覚えながら日比谷さんを見ると、一切の感情が映っていない目と合う。
「何も知らねぇみたいな純粋な面して、本当はちげぇんだろ」
「なっ、に」
「テメェの発言も、行動も、全部偽善にしか見えねぇ。本当は心の中で嘲笑ってんだろ」
「ちがっ」
「……そんなのに馬鹿みてーに釣られるアイツらは、もっと気持ち悪ぃけどな」
「や、めろっ」
そう言って口元を歪め嘲笑する日比谷さんを、俺は思わず睨み返す。アイツらって、きっと先輩達のことだ。この間もそう言っていた。でも、違う。先輩達を、そんな風に言わないで欲しい。
「はっ、そんな目も出来んのか」
「いつっ……」
グイッと乱暴に顔を掴まれ思わず痛さに呻く。
けど、日比谷さんを見据えるその視線だけは逸らさなかった。今は逸らせない、そう思ったから。それに、何だろう。日比谷さんを見ていたら、何かが流れ込んでくる感覚がするんだ。そう、言うなれば『言葉』。誰かの言葉が、俺に流れて来ている気がする。何だ、なんて言ってるんだ。
「チッ、生意気な目ぇしやがって。いっそこの前の続きでも……」
「――きて」
「ああ?」
「『生きて』」
「――!」
そうだ。『生きて』って誰かが言ってる気がする。それも笑って。
思わず俺まで笑いを含んでそのまま呟くと、日比谷さんが首を掴んでいた手を外し、俺から勢いよく距離をとった。息苦しさから解放されたその瞬間我に返り、俺は何事かと自分の喉を摩りながら起き上がる。
すると俺を先程とは違い、今度は怒りを込めた目で睨んでくる日比谷さんと目が合い、俺はただただ困惑した。口に出したのがマズかったんだろうか。ホント考えなしだな俺。思わず呆れてしまう。
「テメェ……」
「す、すいません。変な事言いました。ただ俺、この部屋に居たいだけで……あ」
俺の言葉を最後まで聞かず、日比谷さんはスッと俺の横をすり抜け玄関に向かう。
「あ、日比谷さっ」
「今度、その言葉を今の表情で口にしてみろ」
ピタリと、扉前で立ち止まった日比谷さん。
その声色は、今日聞いた中でも一番――怖かった。
「マジで殺すぞ」
最後にそう言って、日比谷さんはそのまま部屋を出て行った。
それは、俺に言っているようで、でも違う誰かに向って言っている様な、そんな気にさせる言い方だった。