伝説のナル | ナノ


7

「ええ!?日比谷さんに襲われた所を白河様が助けてくれて、そして凪さんの部屋に泊まったの!?」
「っ、声がデカいぞ蓮。て言うか、凪さんの部屋じゃなくてその隣の部屋を借りただけだから!」

 コソコソと小声で話していた意味がないじゃないか。
 今はお昼時、俺は蓮と二人で大樹と那智先輩が来るのを待っていた。その間に、昨日日比谷さんとの間に起こった事を話したんだけど、最後のは言わない方が良かったかもしれない。

「うん、でも日比谷さんが弦月で魔力が高まるって話は俺も聞いた事ある。そんな、まさか他の生徒を使って解消してるとは思ってなかったけど」
「違法だって、言ってたけど……」
「危険だからさ。特に日比谷さんの様に普通の魔導士よりも魔力が高い人が、他人を自分の魔力の捌け口とするのはね」
「人との容量が違うからってことか?」
「そう。自分の容量をコップで例えるなら、魔力は水。自分の分の水に、他の人の水をいきなりドバドバ注がれたら、コップから溢れちゃうでしょ?言わばパンク状態。今度はその人が魔力の高まりで暴走しちゃうから」
「だから、禁止されているのか……」

 確かにそれは怖いことだ。どうなるかも分からないし。でも、昨日部屋に居た男は、別に怖がってたとか無理矢理連れ込まれたとか、そう言う風には見えなかったけど。

「でも日比谷さんはこの学園の風紀委員長。その風紀委員長に求められて断る魔導士が、果たしてこの学園に居るのかどうか」
「あ、ああ……成る程。そう言う事か」

 やっぱり強い魔導士には憧れがあるんだろうか。皆が断らない理由は分かったけど、でもだったら同じぐらい、もしくは自分以上の魔力の持ち主を相手に選ばなかったのは何故なんだろう?

「耀とか、いつも傍に居るのに」
「――そりゃ、守護対象に手を出すのはマズいでしょー」
「あ、先輩」
「ごめん、遅くなった」
「大樹もお疲れ」

 突然会話に入って来た那智先輩は、そう言って俺の前にやってくると、スルリと自然な動きで頬を撫でた。

「え?」
「ごめん宗介。俺が弦月なのに、無責任に話しかけてみろなんて言ったから……」

 眉を下げ、悲しげな瞳で俺に謝って来る那智先輩。最初何のことかと思ったが、すぐに昨日の夜の話だと気付く。きっと凪さんか晃先輩から聞いたんだろう。

「いえ、全然平気です。寧ろ、色々話を聞かせてもらって知ることが出来ました」
「宗介……」
「今度はもっと、落ち着いた日に話します」

 そう言って笑うと、那智先輩も安心した様に笑った。良かった、先輩にそんな顔をさせるつもりはなかったから余計に。二人で笑い合っていると、バシッと音を立て頬に当てられていた那智先輩の手が叩かれた。
 何事かと横を見ると、大樹がムッとした顔で那智先輩を睨んでいた。

「何してんスか」
「んー?傷がもうないかチェック中」
「そんなベタベタ触る必要ないだろ。と言うか、何の話してるんですか」
「もー怒ってばっかだと、宗介に嫌われちゃうよー」
「なっ、俺は別に怒ってなんてッ!」
「だ、大樹落ち着いて!俺が話すよ!」

 何故か那智先輩に対して怒っている大樹を宥めつつ、俺は昨日部屋であったことを簡潔に話した。すると話していく内に大樹の目は見る見る開いていき、そして聞き終わるや否や、俺の両肩を勢いよく掴んで来た。

「大丈夫なの!?本当に何もされてない!?」
「ああ、大丈夫。途中で晃先輩に助けてもらったから」
「……晃、先輩?」

 大樹が不思議そうに首を傾げ、那智先輩も怪訝な顔をしていた。そして「もしかして……」と呟いた先輩は、面白くないと言わんばかりの顔をして言った。

「晃聖のこと、そう呼んでんの?」
「え?あ、はい」
「っ、アイツのことなんだ……」

 呼ぶようになったのはつい昨日の話なんだけど、でもどうしてこんな暗い雰囲気になったんだ?そんな暗い話をしたつもりはないんだけど。よく分からずオロオロしていると、フゥと息を吐いた那智先輩が「ま、仕方ない」と言って苦笑した。

「分かっていても、やっぱ焦るよねぇ。徐々に距離を詰められて行く感じって言うの?流石だなぁ晃聖は」
「え?」
「言っておくけど、俺……アンタにもアイツにも、負けないから」
「スタートで大きく後れをとった割りに言うねー」
「っ、うるさい」

 二人はよく分からない会話をした後、気を取り直したようにお昼を食べようと言ってきた。俺は訳が分からず蓮を見るけど、蓮は「宗介も大変そうだね」と言って、笑っていた。どうやら話が分かっていないのは俺だけの様で、なんだか蚊帳の外にいる気分を味わう。それを少しだけ寂しいと感じ、俺は小さく口を尖らせた。
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bkm