伝説のナル | ナノ


6


 何でも日比谷さんのそれは、他の人よりも顕著に表れると言う。魔力が強いが為に、暴走されると厄介だと晃先輩は困ったように言った。

「中学に上がり、この冥無でしっかりした魔導の教育を受けてからはその暴走は減っていき、今となっては大分落ち着いて来たんだがな。日比谷の場合、感情が揺れるとあの状態に陥りやすい。今回はまだいい方だ」
「でも、どうして急に……?」
「さぁな。それについては本人にしか分からないだろう」

 日比谷さんの心を揺れ動かす何かがあったのだろうか。でも、こう言っては何だが、そんな重たい物を抱えている様には見えなかった。強くて、自分で何でも出来る人なんじゃないかって勝手に思っていたから。でもそれは、那智先輩や晃先輩もそうだった。どんなに強くても、やっぱり何かを抱えている。日比谷さんもそうなんだろう。何かを抱えて、そして苦しい思いをしているのかもしれない。そう思ったらなんだか、また日比谷さんと話してみたい感覚が湧いて来た。

「……」
「どのみち、今日はあの部屋には戻らない方がいい」
「え?」
「アイツと話したそうな顔をしているが、今はやめておけ。弦月が過ぎれば、またいつものアイツに戻っている。話はそれからでも遅くないだろう」

 そんな顔をしていたのか。思わず頬を押さえると、晃先輩が小さく笑った。ズバリ当てられたのが恥ずかしくて顔を俯かせると、先輩は徐に携帯をポケットから取り出した。そして誰かに電話を掛けようとしているのか、耳に携帯を当てた。微かに、コール音だけが俺の耳に届く。暫くしてコール音がブツリと途切れた。どうやら相手が出たようだった。

「もしもし。今宗介と居るんだが、日比谷が弦月の影響を受けている。このまま部屋に戻す訳にはいかないから、部屋を手配してくれないか?今は『月影の池』に居る」

 電話の相手に特に名乗りもせず用件だけ言った晃先輩は、そのまま携帯を切った。一体誰に電話をしたのだろうか。と言うか、俺の部屋を用意するために電話してくれたのか。

「あ、あの」
「心配はいらない。すぐに来る」
「え?」

 そう言った瞬間だった。突然、俺達の傍に何やら光が浮き出て来た。そして驚く間もなく、一瞬目を瞑るほどの強い光を放ったそこから、人が現れた。それを見て俺は目を丸くする。光と共に現れたのは、なんと凪さんだったからだ。

「な、凪さん?」
「こんばんは、宗介くん」
「なんで凪さんが……」

 突然現れた凪さんに困惑する俺を、会長が不思議そうに見る。

「何故そんなに驚く。瞬間移動の魔導なら、お前もこの前使っただろう」
「え、今のがテレポートなんですか?」
「知らなかったのか……?」

 本気で驚く会長だが、俺も結構驚いている。自分でそれを使った時は集中してたし、周りとかもあんま見ていなかった。凪さんが使う姿も直接見た訳でもないし、それに凪さんは扉と扉を繋げて来るから、こうして直に凪さんが使っているのを見るのは初めてだ。

「あんな感じで人が出てくるんですね……驚きました」
「ええ。まあ俺も、扉がないところではあまり使いたくなかったんですが」

 眉を下げて笑う凪さんは、静かにそう呟くと軽く自身の腕輪を撫でた。釣られて視線をやるが、俺はそこで違和感を覚える。何だろう、何かがこの前とは違う気がする。記憶を辿り、そして思い出した。

「……ああ、そうか」
「どうしました?」
「腕輪の色が違うんだと思いまして」
「――!」
「腕輪の色?」

 今は綺麗な金色をしているが、この前は確か黒っぽかった筈。もしかして色とか変わる不思議な腕輪なのか?番人の腕輪と言う位だから、きっと凄く価値のある物なんだろうし。

「黒、か」
「……そんな事より、部屋を準備してあります。行きましょう」
「え?もう、用意してあるんですか?」
「元々空いている部屋ですから。狭いですが、一晩我慢してください」
「いえ、ありがとうございます。晃先輩も、ありがとうございました」

 俺が頭を下げると、先輩は気にするなと言ってくれた。なんだか今日は色んな人にお世話になった気がする。とても有り難いことだけど、申し訳なくもある。結局何一つ解決していないし。

「ああ、宗介くん。すぐ行きますので、ゆっくりと寮に向って歩いていて下さい」
「……?はい、分かりました」

 すると凪さんにそう声を掛けられた。もしかして、晃先輩に話でもあるのかな。だとしたら俺は邪魔だし、素直に従って寮に向ってるか。俺はもう一度先輩に頭を下げて、月影の池と呼ばれていたそこから離れた。





「那智には言うな」
「腕輪の色をか?」
「……まあ、言ったところでアレを認識できるのは宗介くん位だがな」

 純粋な目で腕輪を見つめる宗介に、本当のことなど言えない。宗介だけじゃない、那智にも言えやしない。この腕輪の本当の意味を知るのは、渡した本人と、学園長のみだ。

「何故那智に言わない」
「言ったら、アイツは揺らぐからな。アイツが護るのは、宗介くんだけでいい」
「まさか……」

 察しの良い晃聖の事だ。俺が全てを言わずとも分かるだろう。
 難しい顔で俺を見る晃聖の横を黙ってすり抜け、俺は宗介の後を追おうとする。その背に、晃聖が声を掛けてきた。

「いいのか、お前はそれで」
「……ああ。もう答えはとっくの昔に出ている。番人になると決めた時点でな」

 きっとそれ以上掛ける言葉が見つからないのだろう。黙り込んでしまった晃聖に、俺は何も言わずそのまま歩き出した。そう、俺は迷わない。もう、決められた道を進むだけだ。


(この『呪いの腕輪』と共に、な)


 それが、あの人との約束だから。
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bkm