伝説のナル | ナノ


5

 俺の家は、別に晃聖や那智の様に名家でも何でもない。普通の家。
 そう、ただ普通の、魔力も何も持たない両親の間に俺は生まれた。


『尚親ーこっちおいでー』


 最初は何もなかった。親はおろか、俺自身も自分の力には気が付いていなかった。いつかはハッキリと憶えていない。だが、俺に魔導士の素質があると判明した瞬間、俺の両親は変わった。魔導士とは、そんなに憧れるもんなのか俺には分からない。だが両親にとって俺と言う存在は、自分の夢を叶えるのに必要な物となった。魔力を持たないが為に、魔導士になれなかった自分達。それを、自分達の子供が叶える力を持っているなら、それを使わない手はない。
 『ナル』になれたら、なんて口にし始める始末だ。


『このままじゃ白河や黒岩の者達に負けるぞ!』


 それじゃあお前がやってみろ。出来もしねぇくせに。何の力も持たない、ただの人間のくせに。理想ばかり俺に押し付け、クラスメイトの天才二人の存在を脅威に感じる俺の両親。更に沢山の魔導書を買い込み、それを俺に与えるだけ。それでも俺はそれらを全て熟してしまえるだけの能力があった。だから、余計に両親の期待を煽る羽目になる。毎日毎日、同じ台詞をよく飽きず言えんな。アイツらに負けるななんて、もう百回は聞いた。
 ――ホント、気持ち悪ぃな。そんなに言うなら、この力あげてやってもいい。自分達でやれよ。俺に押し付けるな。俺は、お前らの道具じゃない。大人は嫌いだ。魔導士も、全ての始まりである『ナル』も大嫌いだ。
 そんな時だった。あの人に出会ったのは。


『初めまして、尚親くん』


 初めてだった。俺と同じ、火の属性。でも、俺の嫌いな大人。そして魔導士。
 けど、俺を愛してくれた人。
 大好きだった。この人の為なら、死んでもいいと思えるくらい。
 だが死んだのは――俺じゃなく、あの人の方。


 俺は今も、のうのうと生きている。


 この忌々しい力を、あの人を殺した炎を、この身に宿しながら。





「アイツはああ見えて、努力の塊みたいなヤツだからな。だから、風紀委員長にまで登り詰めることが出来た」

 何でも、此処の風紀委員は実技の成績で決まるらしい。そしてその委員長である日比谷さんは、実技がトップであるため、風紀委員長に選ばれたとか。因みに生徒会は成績の総合で決まる。

「あれ?でも那智先輩は?」
「アイツは総合二位なんだが、家業が忙しいとの理由で辞退している」

 と言うより、那智先輩と晃先輩、日比谷さんには、そこまで成績の差がないらしい。

「それでも、ご両親に比較されるんですか……」
「今でもそうかは分からない。ただ、子供の頃はよく比べられていたな」

 俺から見たら、Sクラスってだけで凄いと思うんだけど。魔導士の性なんだろうか、親に過度な期待をかけられると言うのは。

「だが怒鳴られる度にアイツは親の顔を睨み付け、言われたことを倍にしてやってのける。これ位、大したことないと言うような顔で」

 そんな凄い才能があるのに、日比谷さんの両親はそれを見てあげられなかったのだろうか。自分の子供を、信じてあげなかったんだろうか。俺だったら、そんな息子が出来たら手放しで喜ぶけどな。

「思えば、もう出会った頃にはアイツのあの歪んだ性格は出来上がっていたな」
「そ、そうですか」
「口も悪い、態度も悪い。だが能力がある分、厄介なヤツだった。何かと絡んでくるしな」

 その度に口論になり、それを那智先輩がヘラヘラと眺めているのが先輩達の日常だったらしい。それを聞く限りだと、そこまで仲が悪いようには思えないけど、それを言うと晃先輩がまたしかめっ面になってしまうから止めておこう。

「でも、成績にそこまで差異がないなら、晃先輩が風紀で、日比谷さんが生徒会って言うのも有り得るんじゃ……」
「そうだな。だがアイツが風紀委員長に選ばれたのは、一昨年の実地訓練の成果があるからだろう」
「実地訓練って、裏山でやると言う……」
「ああ。本来はペアでやる事を義務付けられているが、アイツはお前が入るまで一人部屋だったんだ。新しい同室者が来ても直ぐに追い出してしまってな。それで、訓練も一人でやる事になったんだが……」

 聞いた限りじゃ相当ハードな訓練で、期限は三日あるらしい。それを越えるとまた後日追試が待っているとか何とか。

「アイツは一日が終わらない内に頂上まで辿り着いた。極寒になる真夜中に、一人でな」
「え……」

 一人でって言うのにも驚くが、極寒とはどう言う事だろう。色々驚くところが多くて聞くに聞けない。

「それは歴代二位の記録らしくてな。当時は騒がれていた」

 そしてその記録で、日比谷さんは並み居る猛者を押し退け一年生ながらに風紀委員長に抜擢されたらしい。そしてその猛吹雪の中、炎を身に纏い、一人頂上を悠々と登って来た日比谷さんを見て、何かを感じた学園の人達はナル候補に推したらしい。

「そう言えば、ナル候補って、先輩達もそうだったんですよね?」
「ああ。だが俺達は端からそれを辞退するつもりだったからな。日比谷が、最も有力とされていたんだ」

 けど、それは耀が来て変わった。でも、日比谷さんは怒りもせずそれを受け入れ、進んで耀のガーディアンとなるべく傍に居た。それには流石の晃先輩も驚いたらしい。

「意外だったのは確かだな。それも、普段からあんなに人を警戒しているアイツが、笑顔を見せるぐらいだから、尚更な」

 そう難しそうな顔をして、晃先輩は言った。何か、日比谷さんには思うところがあったのだろうか。それは本人にしか分からない事だけど、それでも聞けば聞く程に分からなくなっていく。日比谷さんが一体どう言う人なのかが。これは、那智先輩にももう一度聞いてみようかな。
 そう考えた時だった。


「ただ一つだけ、危険視されている事がアイツにはある」


 先輩の真剣な声に、俺は息を呑んだ。


「それが先程の、魔力の暴走だ」

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bkm