伝説のナル | ナノ


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「その呼び方とは……」
「『会長』と言うのは、些か寂しさを感じてしまってな」
「え?」
「那智や凪のことも名前で呼んでいるだろう?なら、俺ももう少しくだけた感じで呼ばれたい」

 駄目だろうか?
 そう言って首を傾げる会長に、俺は「あ、いや……」と首を振った。勿論、駄目だなんてことはない。ないけど、俺なんかがくだけた感じで呼んでいいのだろうか。それに、くだけた感じに呼ぶとは、具体的にどんな風になるのだろうか。そんな疑問が浮かび、俺は会長本人に聞いてみた。

「あの、因みにどんな感じにお呼びしたら……」
「名前で良い」
「えっ」
「その方がより親密に感じる」

 まさか名前で呼んでいいなどと言われるとは思っておらず、思わず声を上げた俺に、会長が少し眉を下げ寂し気に笑う。

「もしかして、俺の名前が分からないのか?」
「い、いえ!そんな事ありませんっ」

 流石に会長の名前は分かるぞ。結構色んな人が会長の名前を呼んでいるし、覚えやすいと思う。でも、こう言っては何だが『晃聖先輩』と言うのは中々に言い辛い気がする。いや、俺だけかもしれないが。格好いい名前だし、呼んでいる最中に噛むのも悪いしな。どうしよう。

「あ……」
「ん?」
「あ、あの。呼びやすい様に、呼んでも構いませんか?」

 そう会長に問い掛けると、会長は目を丸くし、そして「会長以上に堅苦しくなければ、それでいい」と言って許しをくれた。

「それなら、晃先輩……でもいいですか?」
「――!」

 まあ短くした理由は噛んだらどうしようと言うしょうもない事だから言い辛い。でも、那智先輩の時もそうだったけど、今の今まで会長と呼んでいた人の呼び方を変えると言うのは、やっぱり難しいな。
 でも先輩は、その呼び方を大層気に入ってくれたのか、嬉しそうに笑みを浮かべていた。間近でその笑みを見てしまった俺の心臓が、一瞬高鳴る。何と言うか、よく笑うようになった先輩に慣れていない俺は、一々反応してしまうのだ。それに普通に笑っているのと違って、先輩の笑顔は中々に心臓に悪い。勿論、悪い意味ではないが、それでも俺の調子を狂わせる位の威力がある。

「良いものだな。名前を呼ばれると言うのは」
「え?」
「それだけに、普段傍に居れないことは至極残念だ」

 嬉しそうな顔から一変して少し寂し気に笑った先輩は、そう小さく呟き、そして真剣な面持ちで真っ直ぐ俺を見つめて来た。

「だから俺は、お前の身の回りの危険は出来るだけ今のうちに消しておきたい」
「先輩?」
「……だが俺には、少しでも多くの情報をお前に流す事しか出来そうにない」

 悔しそうな先輩に、俺は首を傾げる。俺の身の回りの危険って、なんだ?そう思ったが、それはすぐに判明した。

「日比谷尚親と言う男は、魔導士としてはかなり優秀だ。それ故に、俺達も簡単には手が出せない」
「……」
「本当なら、あんな事があったならすぐにでもお前の部屋を変えてやりたいところだが……」

 そう言って自嘲気味に笑った先輩は、くしゃりと自分の髪を掻き上げた。

「俺自身があの場所にお前を送り込んだからな……今更何のつもりだと、お前は思うかもな……」

 それはもしかして、俺が此処に初めて来た日の事を言っているのだろうか。確かにあの部屋に案内してくれたのは先輩だけど、ただそれだけだ。
 それに――。

「俺は別に、日比谷さんと同室なことを嫌だとは思っていませんよ?」
「だが……」
「日比谷さんはどうか分からないし、実際最初の頃は緊張してて疲れたりもしましたが、今は平気です。失礼のないよう過ごしていれば、大丈夫だと思います」

 それにお互い干渉しないから、居ても居なくても変わらないと言うのが正直なところだ。と言うか、居るのか居ないのか、靴の有り無しでしか俺は判断できない。

「お前がそう思っていても、アイツは、日比谷は自分の認めた相手以外には容赦がない」
「……」
「今害がなくても、いずれお前に牙をむくかもしれない」
「それは、確かに怖いですけど……でも、もう訓練も近いですし、何とか日比谷さんとやって行きたいと思ってます」

 さっきの部屋での出来事は確かに驚いたし話どころではなかったが、それでも俺は頑張りたい。

「それに、晃先輩や那智先輩の大事な友人ですから、何となく心配はいらないかなって」
「っ、友、人……」
「腐れ縁、でしたね。すいません」

 そう悪戯っぽく笑うと、先輩が目を見開いて、そして少し笑った。お前でもそんな風に冗談を言うんだな、と優しい目をして。俺も今のは無意識のうちにやっていたから、何となく気恥ずかしい。

「……お前がそう言うなら、俺はそれを静かに見守ろう」
「ありがとうございます」
「それで、少しでも俺の持つ情報が役に立てば、それだけで俺は嬉しい」


 そう言って先輩が話してくれたのは、日比谷尚親がどう言う人物なのかと言う昔話だった。
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bkm