伝説のナル | ナノ


3

「すまなかった」
「え?」

 暫く手を引かれ、自分の部屋から遠ざかった俺は、会長に連れられ寮の外まで来ていた。チラホラと居る生徒達に見つからない様、静かに進んでいく会長について行くと、小さな池に辿り着いた。寮から少し離れた場所にこんな所があったなんて。静かで、虫の鳴く声しか聞こえない空間に心を落ち着かせている俺に、何故か会長がいきなり頭を下げて来た。

「ど、どうしたんですか?頭を上げて下さいっ」

 会長に謝られることなんか一つもない。慌てて会長に頭を上げてもらうと、会長はそのまま空を見上げた。釣られて俺も空を見上げると、半分に欠けた月が浮かんでいた。そう言えば言っていたな。今日は、半月だって。

「あの腕も、日比谷がやったんだろう?」
「え?ああ……ちょっと、色々ありまして」
「俺達がもっと用心するべきだった。今のアイツなら、そう警戒する必要は無いと思っていたんだが……」

 そう言って苦い顔をする会長は、俺の頭に手を置く。俺はそんな会長を見て、何となくだけど、困っている様に見えたんだ。それに今言っていたアイツとは、日比谷さんの事だよな。

「半月と、何か関係があるんですか?」
「……」

 答え辛い質問だったのだろうか、俺の頭から手を退けた会長は、顎に手を当て、何かを考え始める。

「……考えたくもない事だが」
「え?」
「魔導士の資質は十二分ある。なら、これからの可能性も考え、お前にアイツの事を教えておいて損はない、か」
「会長?」

 ブツブツと小さく呟く声は、所々しか聞き取れない。資質は十二分だとか、そう言うの。と言うかそれ位しか聞き取れなかった。困惑する俺が会長を呼ぶと、会長は顔を上げ、俺を真剣に見つめながら、さっき日比谷さんに起こっていた現象を一つ一つ教えてくれた。

「魔力が、月の満ち欠けに影響されると言うのは知っているか?」
「はい。この間教えてもらいました」
「普通は月が満ちれば魔力は高まり、月が欠けると魔力が弱まると言われていて、その影響は人それぞれ違う」

 何でも酷い人は魔力の暴走が起き、人体にまで影響すると聞いた。でも、此処に来てからそう言った人達に会ったことがなかった。この間の満月の日だって、俺は何ともなかったし。会長も何ともなさそうだったな。

「俺や那智みたいに、あまり魔力の高低に影響が出ないヤツも結構いる」
「そうなんですか」

 だが、と言葉を切った会長は、また空を仰ぎ、半分に欠けた月を見つめた。

「稀に、弦月に影響される魔導士も居るんだ」
「……まさか」
「そう。日比谷は、その珍しい部類に入る魔導士でな。弦月に当たる下弦と上弦の月の日は、よく溢れ出る魔力を扱い切れないでいた」
「じゃあ、さっき魔導を発動させていないのに日比谷さんの瞳が光っていたのは……」
「ああ、魔力の高まりによる影響だろう」

 じゃあさっき辛そうにしていたのは、魔力が高まり過ぎて扱い切れなかったからなのか?

「日比谷さん、大丈夫なんですか?さっき結構辛そうでしたけど……」
「だとしても、今日は戻らない方がいい。それに、さっきアイツがお前にしようとしたことを忘れるな」
「……あれは」
「その溢れだす魔力の扱いはいくつかあるんだが、アイツがやろうとしていた"肉体を交わらせる"と言うのが一番手っ取り早いんだ」
「え?」
「自分の魔力の捌け口として、お前はアイツに犯されそうだったんだぞ。心配してやる必要は無い」

 そう言って顔を嫌そうに歪める会長だったが、俺は今の発言にハテナが浮かんだ。

「犯されそうだったって……俺が、ですか?」
「ああ」
「俺、男ですよ?」
「男だろうが女だろうが、アイツにとっては変わらない。人と交われれば、それだけでアイツはいいんだ」

 その言葉に、俺は思わず呆けてしまう。

「俺、てっきりサンドバッグにされるとばかり……」
「なに?」
「俺が部屋に入った時、日比谷さんがほぼ裸の男と何かしていたのは見たんですが、それを邪魔されたことに腹を立てて殴られるとばかり思ってました」
「何を、していたんだ?」
「その時はよく分かりませんでしたが、もしかしたら日比谷さん、あの人と……」

 だとしたら、俺ってホント野暮なことをしたんだな。俺が察してそのまま部屋を出れば、今頃日比谷さんはあの魔力の暴走を抑えられたのかもしれない。そう思うと項垂れる他ない。

「日比谷さんには、悪いことしてしまいました……」
「だがな宗介、此処冥無では魔力の高まりによる行為は禁止されているんだ」
「え?」
「だから、アイツの事で気に病むことはない」

 それか、相手に逃げられたアイツが悪い。
 そう迷いなく言い切った会長に、俺は思わず目を真ん丸くした。

「会長って……日比谷さんや那智先輩と、幼馴染じゃないんですか?」
「その括りは違う。ただの腐れ縁だ」
「ですが、那智先輩は会長のこと好きだと言っていましたよ」

 俺がそう言うと、会長はグッと息を詰まらし、少しだけ蒼い顔をさせた。

「やめてくれ、気色悪い」
「……でも俺は、良い関係の様に見えます」

 那智先輩は会長の事を気にかけているし、会長も那智先輩のことを信頼している様に見える。だから、腐れ縁と言えど、俺にはそれが羨ましく思える。クスッと小さく笑いを零せば、会長が少し目を瞠り、そして小さく笑った。

「お前が言うなら、この縁、少しは大事にしておく」
「はい」
「ところで」
「はい?」
「ずっと気になっていたんだが、いつまでその呼び方をするつもりだ?」

 いつの間にか、会長は少し意地悪そうに口元を上げていた。滅多に見ないその笑い方に、俺は目を瞬かせる。
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bkm