伝説のナル | ナノ


1

「こんな朝早く何処行くの?」
「母の墓参りに行く。近々命日なんだが、その日はどうしても外せない会議があってな。今日行くことになった。勿論、父も一緒に」
「へえ。ご当主が行くなんて珍しいねぇ」
「……そうだな。きっと、母も喜ぶ」

 漸く学園から解放された晃聖は制服を脱ぎ、黒いスーツを身に纏い、広い廊下を歩いていた。その後を、何処からともなく現れた那智がついていく。つい先程まで学園からの追及があったが、それ以上の情報がないと分かったのか、一日程で解放された。早く宗介に会いたい晃聖だったが、すぐに出なければ約束の時間に間に合わない為、宗介に顔を見せる事は断念した。

「俺の時はもっと拘束されてたんだけどなぁ」
「それはお前がナルの継承式を台無しにしたからだろ」
「あれ?そうだっけ?」
「……俺が居ない間、宗介を頼んだぞ」
「言われなくても」

 自身の後ろを歩く那智に念を押す晃聖だったが、不意にその場で立ち止まった。釣られて止まる那智は、そんな晃聖に首を傾げる。

「どーしたの?」
「俺を殴らないのか?」
「んー?」
「てっきり俺は、お前が怒って俺を殴ると思っていたからな。少し意外だ」

 そう言って小さく笑った晃聖は、再び歩き出した。そんな晃聖の後を、もう那智はついて行かなかった。その場に残り、晃聖の言葉の意味を理解した那智は、ハハッと笑みを零し、そして遠ざかる晃聖の背中に呟いた。

「凪はそのままでいいって思ってくれてるけど、俺も男の子だからねー。早く大人の男になりたいと思っただけだよ」

 舞台の上で、宗介と晃聖がキスをしているのを見て、那智の心には一瞬モヤモヤした感情が湧いた。それが嫉妬だと理解しているし、友人であり好敵手とも言える晃聖の存在を少しばかり脅威に思っていたのも事実。宗介が晃聖のことばかり考えていた時期は、内心気が気じゃなかった那智だが、それでも、その存在を頼りにしているのは確かだ。これ以上、心強い仲間はいない。だから那智は静かに決意する。自分は、本当に宗介の敵となりうる存在だけに目を向けよう。凪が自分の役目を果たして宗介を護り続けているように、宗介の為になる事をするのだと。

「だから、殴らないよ」

 ――まあそれに、俺も人の事言えないしね。
 晃聖の姿が無い静かな廊下で那智はそう呟き、今しがた歩いて来た道をまた戻って行った。





「すっごい騒ぎだね」
「ああ……」

 学園祭を終えてから二日経ったが、今この学園を賑わすのは学園祭の話ではなく、会長が本物のガーディアンになったと言う話ばかりだった。会長の紋様は左胸にあるから、大樹や那智先輩みたいに気軽に見れる訳じゃないけど、それでも本物をみたいと思って騒いでいる人達も居る様で、今か今かと会長の登場を待っている。何故か食堂で。

「此処に絶対来るって訳でもないし、見せてもらえるのかも分からないのに」
「それに、耀が傍に居たらダメだって言うんじゃないかな」
「と言うか、会長って家に戻されたんじゃなかったっけ」
「そもそも、晃聖学園に居ないけどね」
「そうなんですか……って、那智先輩!?」

 ナチュラルに俺と蓮の会話に入り込んだのは、いつの間にか居た那智先輩だった。驚く俺と蓮を余所に、呑気に「ヤッホー、昨日振り」と挨拶をくれた。昨日、大樹と先輩を捜しに行った結果会えたには会えたしお礼も言えたけど、何やら忙しそうだったのであんまり話せなかった。忙しそうだけど大丈夫かな?とも思ったけど、こうにものんびりしているとこっちが拍子抜けしてしまう。まあ先輩らしいと言えば先輩らしいけど。

「えっと、会長、居ないんですか?」
「うん。命日が近いからお墓参り行ってる。お母さんのね」

 その言葉に俺は目を見開いた。

「会長の、お母さんの……」
「ご当主も一緒だって。たぶん初めてなんじゃないかな。二人で一緒に行くのなんて」

 カラカラと笑う那智先輩に釣られて、俺も小さく笑う。何だか嬉しい。会長のお父さんと二人で、お母さんのお墓参りに行けるなんて。

「あ、その、那智先輩。会長は……」
「晃聖はこの学園に戻って来るよ」
「え?」
「ご当主もそれで納得したらしい。ガーディアンとして、晃聖は此処で頑張るみたいだよ?」

 その言葉に、俺と蓮は顔を見合わせ、そして笑った。良かった。本当に会長の問題は何もなくなったんだ。会長を縛るものは、今や何もない。自由な会長の姿を思い浮かべ、俺が緩んだ顔をしていると、那智先輩が俺達の周りを見渡してそう言えば……と声を漏らした。

「高地大樹は?珍しいね、二人の傍に居ないなんて」
「あ、大樹なら今度から始まる実技の予行があるらしくて」
「あー。武器を使った訓練か。もうそんな時期なんだね。宗介達も、そろそろあるんじゃない?」
「そうそう。それで訓練を始めた一か月後に、全学年合同の実技訓練があるんだよね」

 それがまたキツくて。
 そう言って項垂れる蓮に、那智先輩はそうかなぁと首を傾げていた。まあ那智先輩だし、訓練が温く感じるのかもしれないな。

「しかも基本は同室同士がペアで、三年同士がペアな組の強いこと……」
「え?」
「……げ」

 那智先輩が、そうだったと言わんばかりに呟いた。そして俺の顔を見て、うーんと困った顔をした。けど先輩の問い掛けに、何故先輩がそんな顔をしたのか理由が分かった。

「宗介の同室ってさー」
「あー……日比谷さん、です」
「そ、そうだった」

 蓮が心底同情の目を向けてくるし、那智先輩は顎に手を当て考え込んでしまった。そう言えばそうだ。同室とペアとなると、俺のペアは必然的に日比谷さんとなる。正直まともに会話したことないし、最近は会いもしない。同じ部屋なのにだ。

「因みに実技訓練て……」
「成績にも響いて来るから結構皆本気だよ。この学園の裏に更に山があるじゃん。あの山の天辺を目指すんだ。ペアと協力してね。でもそこに行くまでには魔導のトラップとか、先生達による妨害、後凪達黒服の人とも一戦交えることもあるよ」
「ええ!?」
「去年凪に遭遇した生徒達はみんな時間切れまで気絶して、後日追試を受けたらしいからね。出来れば強い敵は避けて上手く上に行くんだ」
「俺、去年遠目に凪さんと他の組の人達が戦ってるの見ましたけど、凪さん魔導使わないで瞬殺でしたからね。怖いのなんの……!」
「まあ、凪の事だから、態々宗介の前に現れることはないだろうけど……いや、でもどうかな。宗介の実力が上がったか見てみたいとか思ってそうだしなぁ」

 二人の話を聞いて、俺はサァっと血の気が引いていく。どうしよう。強い人との戦闘を避けるも何も、俺はそもそも同室の人と協力していけるのだろうか。

「まあ宗介の場合、問題は尚親だよねぇ。俺が何言っても無駄だろうし」
「えっと……取り敢えず、それとなく話しかけてみようかと……」
「んー、俺も行こうかな」
「いえ、そんな。何でもかんでも先輩に頼る訳にはいかないので、最初は自分で頑張ってみます。でも、もし駄目だった時はお願いします」
「ん、分かった。尚親ホント短気だから気を付けて」
「頑張ってね宗介……」
「ああ」

 何処か心配そうに見つめる蓮と那智先輩に、俺は力強く頷いて見せた。それにしても、まだこの学園に入って二カ月も経っていないのに、何だか目まぐるしいほど忙しい毎日だ。六月の実技、楽しみだけど不安が半分以上を占める。
 けど、やるしかないんだと意気込む俺は、両手を握りしめ、強く実技訓練への思いを新たにした。

 しかしこれが、また新たな試練になるなんて、この時の俺は知る由もなかった。
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bkm