伝説のナル | ナノ


63

「え?」

 医務室で眠りこけていた俺が漸く目覚めた時には、大樹や那智先輩、会長の姿は既に無かった。代わりに俺の傍に居たのは、俺の眠気を吹き飛ばすほど意外な人物だった。

「志筑、先生……?」
「起きたか」

 読んでいた本を閉じ、志筑先生が立ち上がる。何故志筑先生が此処に?
 驚く俺を余所に、先生は何処かへ電話を掛け始めた。

「おい。起きたぞ。大丈夫なようなら片付けに行かせるからな。……あ?文句は受け付けねぇよ。傍に来られないお前が悪い。じゃあな」

 一方的に電話を切った志筑先生は、携帯をポケットに押し込むと、俺の方へ視線を移してきた。思わず背筋が伸びる。何と言うか俺、志筑先生とあまり話したことがないんだ。確かに担任だし、授業の事では話したりもするが、二人きりの空間で話したことなどない。
 それに何処となく、先生は俺を避けている節がある気がする。だから何となく緊張してしまう。

「あ、あの……」
「体調はもう平気なのか?」
「え?あ、はい。もう何ともありません」

 もう何ともと言うか、俺は何故此処で寝ていたのかも理解していない。確か途中目が覚めて会長と何かを話していたような気がするんだけど、気のせいか?

「あの、此処に誰か居ませんでしたか?」
「ああ。黒岩那智と高地大樹なら、一足先に帰らせた。今日は学園祭の片付けだからな。お前も動けるなら参加して来い。劇の片付けは大変だろうし、それに今は一人居ないしな」
「え?」
「お前は寝てたから知らないだろうが、現れたんだよ」

 そう言って俺に背を向けた先生は、扉に向って行く。そして部屋から出たところで、俺を振り返り言った。


「三人目のガーディアンがな」


 そのまま去って行く先生。
 だが俺はその言葉によって、昨日の記憶が鮮明に甦って来た。

(――そうだっ、昨日!)

 俺は慌てて起き上がり、医務室を飛び出した。だがそこにはすでに先生の姿は無かった。お礼を言いたかったがまた後で言おう。
 仕切り直して俺が急いで向かうは演劇をした体育館。扉が開きっぱなしのそこへ走り込むと、皆がセットの片付けや掃除をしていた。俺はそんな皆の中で監督の先輩を探し、キョロキョロと辺りを見渡す。
 するとそこへタイミングよく、その先輩が俺の前に現れた。

「せ、先輩、あの」
「あ、もう体調は平気なのか?つか足治ったんだな、良かった」

 言われてみれば、俺いつの間にか足治ってるじゃん。全然忘れて走ってた。もしかして会長が治してくれたのか?

「大丈夫です。あ、片付け最初から手伝えなくてすいません……それ、持ちます」
「いやいや、いーって。アンタらのお蔭で特別賞も貰えたし」
「え?」
「つまりは大成功ってことだよ」

 そう言って笑う先輩に、俺も思わず笑ってしまった。まさかそこまで評価して貰えたなんて、凄く嬉しいことだ。まあ俺は殆ど会長に抱っこされていただけだけど。

「でもお前居なくなるし、会長は戻って来ないしで大変だったぞ」
「あっ、その事でちょっと……白河会長は?今日は片付けには来ていないんですか?」
「お前も昨日見たろ?会長の胸にラグーンの紋様が浮き出たのを」

 そうか、やっぱりさっきの先生の話は会長の事だったのか。つまり今は学園側で拘束され、話をしている最中なのだろう。大樹や那智先輩がそうだったように。

「それにしてもお前も会長も、衣装どうしたんだよ。お前のに至っては所々裂けてたぞ」
「え?」

 そこで俺は自分の今の恰好を見る。白いYシャツに黒い制服のズボン。あれ、俺いつの間に着替えたんだ?

「あー、そっかお前副作用で眠りについてたんだっけか?会長がお前の衣装と自分が着ていた衣装を今日の朝持って来てくれたよ。それにマントは返せないとか何とか……」
「副作用?」

 その瞬間、一瞬だけ俺の脳裏に微かな記憶が過る。


『宗介』
「――!」


 何処までも甘く優しい声が、頭の中で響く。思わず心臓が跳ね上がった。今のは、会長が俺を呼んだ声、か?ハッキリしない記憶、でも何度も何度も会長が俺の名前を呼んでくれた気がする。これは、何の記憶なんだ?

「おーい、安河内?」
「っ、え?」
「大丈夫かお前」
「な、何がですか?」
「顔赤いぞ?」

 その言葉に、「ぅえ?」と変な声が出てしまう。
 だって、会長は俺のこと"安河内くん"って呼んでいた筈なのに、何で今脳内で再生されている会長は、俺の事を宗介と呼ぶんだ。しかもあんな風に。何だか心臓に悪い。あれ?でもそう言えば演劇の時、会長は俺の事宗介って言ってたな。今考えるまで全然気付かなかった。

「まあいいや。取り敢えずもう片付けは済むし、お前は今日の夜ある打ち上げまで休んどけよ」
「え?でも……」
「ホントは昨日やる筈だったんだけど、お前も会長も居ないからな。今日にしておいた。ちゃんと来いよ!」

 そう言って荷物を抱えて先輩は行ってしまった。何だか何から何まで申し訳ない。演劇は成功したとは言え、俺殆ど何もしてないし。でも落ち込む俺とは裏腹に、体育館を出て行こうとする俺に皆色々声を掛けてくれた。それも気遣ってくれたり褒めてくれたり色々。あの衣装の子さえ、本調子じゃないんでしょ?こんな所に居ないで寝てろ!と言ってくれた。
 自分の評価はともあれ、皆がそう評価してくれてるんだ。反省すべき点は自分でこれからに活かすとして、少しぐらいは胸を張ってもいいのかもしれない。そう思うと、何だか少し身体が楽になった。


(取り敢えず、大樹達に会いに行こう)


 眠る俺の傍に居てくれたんだし、お礼を言いたい。そして何があったのかも、全部。
 そう思い、俺は当てもなく捜し始めた。





「随分浮かない顔だね」

 クラスの片付けも終わり、俺は蓮と一緒に裏庭に居た。と言うかクラスの出し物なんて耀達が率先してやっていたことだから、俺は殆ど参加していない。耀に参加する様強く言われたけど、朝から宗介を捜すことでいっぱいだった。
 色々耀には言われたけど、確かにクラスとしては協調性に欠けた行為だったと思う。だからせめて片付けだけは一生懸命手伝ってきた。でもやっぱり、俺の悩みは解決しない。思わず出た溜息は、見事蓮に拾われ、そして心配そうに俺を見てくる。愚痴にしかならない俺のどうしようもなく格好悪い話を聞かせるのは大分恥ずかしいけど、少しでも気持ちが軽くなりたい一心で俺は蓮に打ち明ける。

「俺、ガキみたいなんだ」
「え?」
「アイツの様に上手く耀をあしらうことも出来ずただ子供みたいに反抗して……それで護った気でいる」
「……」
「でも何にも護れてないんだ。訳が分からなくて、事情を聞いても理解しきれなくて不安しか湧かない。何もかも命じられるままに自分の力を使うことしかしてない」

 色々聞かされたよ。宗介の実情も、これからどうすべきなのかも。でも不安は募るばかりだ。

「その度に俺は、その存在を遠く感じるんだ」
「大樹……」
「どんどん俺の手の届かないところに行って、もう、俺なんか必要ないんじゃないかって。でも対抗心は人一倍強くてさ、どうして頼るのが俺じゃないんだとか思っちゃうんだ」

 実際俺は、他のガーディアンと比べると経験もないし、まだガーディアンとしての力を上手く活かしきれていない。昨日ガーディアンとして目覚めたアイツにさえ、俺より上手く使えていると言うのに。だから焦るんだ。焦っても仕方ないのに。

「……大樹はさ」
「ん?」
「どうして宗介を護りたいの?」

 静かに、蓮が俺の目を見て聞いてきた。でも俺は蓮の発言に目を瞠る。

「何で宗介の話だって分かったんだ?」
「分かるよ。大樹が話す事と言えば宗介の話でしょ?」

 当たり前の様に言われては、俺も返す言葉がない。気恥ずかしくて視線を逸らしながら、俺は蓮の言葉の意味を考える。

「どうしてって、そりゃ友達だし……」
「友達ってだけで、そこまで出来るの?自分の今までの生活を捨ててまで此処に来れるの?」
「何が言いたいんだよ」

 蓮の真意が分からず思わず刺々しい態度をとってしまう。けど蓮は気にした様子もなく、寧ろ呆れた様に溜息を吐いた。

「大樹って、宗介並に鈍いよね」
「はああ!?」
「どうしてそんなに護りたいのか、どうして置いていかれる気持ちになるのか、どうして対抗心が出るのか、その"どうして"を一つ一つ考えてみなよ。そこに繋がる思いは一つだけだと思うけど?大樹頭いいんだしさ、すぐ答えが見えるって」

 蓮の言葉に迷いはない。本当にそうだと思ってる。本当にそれで答えが出るのか?
 俺は言われた通りその一つ一つを繋ぎ合わせてみた。
 

「――蓮」


 そして、時間にしては十分足らずだと思う。けど俺にとっては一時間二時間とかなりの時間が経ったように感じられた。それ程よく考えた。

「なに?」
「……俺って、かなり鈍い?」
「そーだね。鈍い上に純粋だよね」

 これだけの事で顔赤くしちゃうんだから。
 そう言って笑う蓮に顔を見られたくなくて、俺は顔を手で隠した。

「俺はさ、宗介の寂しい目や悲しそうな顔が忘れられなかった。だから、そんな顔をさせたくないって思ってたんだ」
「うん」
「でも、それは宗介の笑った顔を見てきたから言える言葉でもある」
「うん」
「俺は宗介にはずっと、あの綺麗な笑顔でいて欲しい。そしてその笑顔は、他の誰かがさせたものじゃない、"俺が"笑顔にさせたいんだ」

 だから俺を必要としていないのかもとか、俺以外の誰かの傍で笑う宗介に不安を感じるんだ。そしてそれはもう、俺の知る友情を超えている。蓮にも、前の高校の友人にも、そこまでの強い感情は抱けない。全部、宗介だけに向けられる気持ちなんだ。
 ああ、馬鹿だな俺。一年何してたんだろ。思わず自嘲してしまう。


「――俺、宗介のこと……」
「俺がなに?」
「ッ、うわあああああ!!」


 すぐ傍で蓮が爆笑している姿が見える。くそ、コイツ分かってたな!
 見事に大きな声を出してひっくり返る俺と、爆笑して地面を叩く蓮を見て、宗介がキョトンとした顔で俺達を見下ろしていた。

「そ、宗介、どうして此処に?と言うか体調は!?もう大丈夫なの?」
「え、あ、うん。もう大丈夫。ありがとな、ずっとついててくれたんだろ?」
「あ、ああ。うん。そうだけど、全然気にしないで。俺寝ちゃったし」
「なあ、どうして俺はあそこで寝てたんだ?全然そこら辺の記憶がなくて」
「あー……それは」

 宗介の記憶を護る為に、俺達はあの夜宗介に魔導をかけた。しかしそれはずっとは続かない。あくまで今回を凌ぎ切る為の魔導だ。根本的な解決にはならない。だから今回の事は、宗介には知らせないことにした。記憶も護られているし、今は宗介に余計な混乱を与えない為に。でもいつかは知らないといけない事実だ。
 宗介がナルである以上、それは避けては通れない。

「俺にもちょっと分からないんだ。ただコンバートの秘薬の強い副作用で宗介が眠りについちゃったらしいよ。それも、外で」
「外で?」
「うん……それを、生徒会長が見つけて保護したって聞いた」

 一部分だけ本当の事だから、完全な嘘とは言えない。けど、宗介の為だとは言えやっぱ嘘をつくのは心が痛む。宗介は少し残念そうに「そっか……」と呟いた。今の話をあまり信じてもらえなかったのかな。あまり浮かない宗介に動揺する俺をフォローしてか、蓮が明るく宗介に話しかけた。
 
「でもよく此処が分かったね」
「え、ああ、何となく。俺、結構大樹捜すの前から得意なんだ」
「……え?」
「ホント何となくだけど、そこに行くと大樹が居るんだ」

 ある意味特技かもな。そう言って笑う宗介に、俺は固まって熱くなる頬を隠せずにいた。こんな情けない顔を宗介に見せたくないのに動かない。そう思っていると、突然横からピタリと両頬に手が添えられた。
 突然の事に宗介が目を見開く。

「蓮?何してるんだ?」
「あははーちょっとね」
「おい蓮、お前さっき地面バシバシ叩いてたよな?その後手洗ってないよな?」
「さ、宗介も座んなよ」
「無視かお前」
「あ、ごめん。俺今度那智先輩捜さなきゃ。また後でな」

 片手をあげ、笑顔で去って行く宗介に俺はまた不安に駆られる。アイツの所に行くと聞いただけで、気持ちに余裕がなくなる。

「まーた暗い顔してる」
「……」
「て言うか簡単なことじゃないかな?」

 沈む一方の俺に、蓮は気合の一発とか言って背中を思い切り叩いてきた。
 思わず痛っ!と声を上げる俺を余所に、蓮は笑って言った。

「そんな顔するぐらいなら一緒に行けばいいじゃん。二人にしなきゃいいじゃん。置いていかれたくないなら、自分で距離開ける真似するなよ」
「――!」
「言っとくけど俺は、お前を応援してるんだ」
「蓮……」

 だから頑張ろうよ。
 その言葉に背を押され、俺は宗介の元へ走り出した。まだ届く、まだ間に合う。俺は、その隣に居たい。


「――宗介!」


 その声に反応して振り返った宗介は、俺の脳裏にいつまでも焼きつくあの綺麗な笑みを浮かべていた。今はまだ、アイツらに遠く及ばなくても、それでも俺は俺の方法でお前を護ってみせる。強くなるその日まで。
 大好きなお前を。

[ prev | index | next ]

bkm