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「……か、い、ちょ……」
「宗介」
宗介が俺を呼んだ。そして紅い瞳が一瞬揺らぎ、本来の黒さが戻って来た。徐々に薄れていく紅に、宗介が頑張って戦っているのが分かる。俺は宗介の額に自分の額を合わせ、声を掛け続ける。声を掛けるしか出来ないのは酷くもどかしいが、少しでも励みになればいい。
「頑張れ宗介。もう少しだ」
俺の声に応えるように宗介が魔導の発動を抑えようとしているのか、瞳が黒くなっていく。そうだ、その調子だ。宗介の力さえ治まれば、今度こそ扉を開くことが出来る筈だ。いや、宗介が此処までしてくれているんだ、絶対にやってみせる。そして宗介の瞳の色が完全に黒に戻ったのを確認した所で、俺は再び宗介の身体をマントで包み隠し抱きかかえた。かなり精神を使って疲れたのか、徐々に宗介が目を閉じていく。そんな宗介に俺は小さく笑った。
「よくやったな。ありがとう」
扉の前まで行き、確認の為もう一度探索能力を発動させてみる。
すると先程靄がかかって探れなかった外が見えるようになっている。これなら行けそうだ。結界は完全に解かれている。そう思った瞬間だった。
「――!」
反射的に、抱きかかえた宗介を更に強く抱き締める。
扉のすぐ傍に、突然人の気配を感じたのだ。居る、誰かが扉の傍に。
「……っ」
そして隠れる暇もなくガチャッと音を立て、ドアノブが回された。いつでも魔導を使える様、臨戦態勢をとる。だが、ゆっくりと開かれた扉から姿を見せた人物に、俺は目を瞠った。
「お前は――」
*
薄暗い廊下を一人で歩き、目的の場所へ向かう。もう日が落ち、学園祭は終わった。けど、後夜祭で盛り上がっている生徒達の声が廊下まで届き、暗い筈の廊下も少し明るく感じる。出来たら宗介と後夜祭を過ごしたかったな。それが叶わず、少し残念に思った。
あの後すぐに裏へ回り、宗介達を探したが見つからなかった。居場所を聞いても皆知らないと口を揃える。と言うか、何故か皆ソワソワしてた。あの井上でさえ何だか落ち着かない様子で司会を進めていた位だ。心配になってそのまま探しに行こうにも耀に捕まってしまい、結局は中等部の演劇まで見る事になってしまった。そして漸く耀のマークを抜けることが出来た。高地大樹は蓮の手を借りてか、どうにか逃げまどっているみたいだけど。でも、俺もアイツも耀の存在はぞんざいに扱えない。それは、宗介の存在を世間に知られない為でもあるから。
フウッと一つ息を吐く。そして俺は、携帯に目をやる。先程凪から届いた一通のメール、それを読み返した。
(医務室へ行け、ね)
短い文章。でもそれだけで伝わった。宗介がそこに居るんだってことが。医務室なのが気になるが、恐らく晃聖もそこに居るだろう。結局晃聖は姿を見せず、今日の司会はずっと井上がやっていたし。宗介と二人揃って姿が見えないとなると、その可能性しか考えられない。
そして漸く医務室の前にやって来た。人が居る筈なのに薄暗い部屋の中に違和感を覚えながら、俺は扉を開け中に入った。どうやら養護教諭は席を外している様で姿が見えない。俺は辺りを見渡し、一番奥のカーテンが閉まったベッドに目をやる。あそこだ。迷うことなくそこへ近付くと、俺がカーテンを開ける前に、それが誰かの手によって開かれた。
「やっほ、こーせー」
「お前にしては随分と時間が掛かったな」
「んー?まあちょっとね」
たぶん晃聖は理由を分かっているだろうから敢えては言わない。
俺に背を向けた晃聖は再びベッドの傍に行き、近くにあった椅子に座った。俺もベッドの枕元へ行き眠る宗介を見つめる。
「宗介……どうしたの」
「長い時間苦しめられていたからな。疲れて眠っている」
その言葉に目を見開いた。苦しんでいた?
「どう言うこと」
「コンバートの秘薬の副作用で、だ」
「は?秘薬の?あれは強い睡眠作用だけでしょ」
「ああ、そうだ。だから恐らくは、その副作用さえ変えられてしまったのだろう。ある者の力によって」
忌々しいとばかりに目を鋭くさせる晃聖。俺は、眠る宗介の頭を撫でながら問い質した。
「それで、どんな作用に変えられたワケ」
「……」
「へえ。言えないような作用なんだぁ」
無表情のまま俺から目を逸らした晃聖に、俺は一つ溜息を零した。俺に嘘は通用しないのに黙るって事は、まあ俺に聞かせたくないって事なんだろうね。けど、何となく察しちゃったけどさ。また出そうになる大きな溜息を呑み込み、俺は努めて静かな声で話を続けた。
「……んで、俺に何してほしいの?」
「意外だな。もっと問い詰めてくるかと思ったんだが」
「ああそうだね。事と場合によっちゃ殴り飛ばしたくもなるだろうけど……」
そこで言葉を切った俺は、近くにあった椅子を引き寄せ、自分もそこに座った。そして晃聖からフイッと顔を背け、心底拗ねてます感を出す。本当に殴りたいぐらいだよ。何も出来なかった俺も含めてね。でも、殴らないよ。どんなに腹が立っても。だからこれ位の反抗は目をつぶってもらう。
「――俺より先に会った凪が何もしないなら、何かワケがあったんでしょ」
凪が何もしないのなら、それなりの理由があった筈だ。
それを無視して、俺が自分の気持ちを優先させるなんて出来ない。だから判断は、話を聞いてからだ。
「……アイツからの伝言だ」
俺の言葉を聞いて笑った晃聖は、そう言って近くに置いてあった分厚い本を手に取った。