伝説のナル | ナノ


58

「……っ」

 学園を破壊する行動は俺としてもとりたくなかったが、致し方ない。そう思いながら煙が上がる扉を見ると、傷一つ付いていない扉がそこにはあった。宗介に魔導を掛けられる位だ、そう簡単にいかないとは思っていたが、まさか此処までとは。
 己の手を見つめ、今の自分の力のなさに思わず拳を握りしめる。傷もつけられない所か、外の魔導警報機にさえ引っかからないとは思わなかった。せめて警報が鳴れば、凪がいち早くこの場所を嗅ぎ付けられると思ったのだが。そう上手くはいかないか。

(チッ、何か手はないか?)

 必死に思考を巡らせ、此処から出る方法を探っていた時だった。
 誰かが俺の服を力強く掴んだ。そしてそのまま強く後ろに引かれ、俺は仰向けに倒れ込む。いや、誰かがとは愚問か。この場には、俺と宗介しかいないのだから。肘を立て身体を少し起こし、俺は腹の上に圧し掛かる宗介を見る。薄暗い部屋の中、紅い瞳と目が合った。


「ッ、宗――」


 まさか、この部屋の結界を張ったのはお前なのか?
 そう問い掛ける筈だった言葉は、宗介の唇によって呑み込まれた。

「……っ」
「ん、ちゅ……」

 チュ、チュッと音を立てながら、宗介が俺の唇に吸い付いて来る。声を掛けようものなら、直ぐに舌を入れてそれを邪魔してくる。腕を押さえ付けられていている為、退かすことも出来ない。体勢が体勢だけに不利だ。無理に退かせば、宗介に怪我を負わしかねない。

「ぁ、くる、し……ッ」

 そう囁きながら唇に吸い付く宗介は、先程と変わらず苦しそうだ。だが、それよりも俺は自分の腹に感じる熱さに感覚がいく。催淫効果があるなら、こうなるのは仕方がない。そう分かってはいても、グイグイと自分の腹部に押し付ける様に動かされると、俺の理性が持たない。先程も言ったが、そこまで我慢強くはない。

「宗介、んっ、退いて、くれ」
「も、くるし……」
「おいッ」

 キスの合間に、そう宗介に呼び掛けるが、俺の声は届いていない。それどころか、徐に宗介が俺の衣装に手を掛ける。嫌な予感がして、慌てて身体を起こし、解放された腕で宗介の手を掴むと、更に宗介がその手を掴んで来た。
 そして徐に、俺の手を自分の口元に持っていくと、何の迷いもなく俺の指を口にいれた。ピチャピチャと指をしゃぶる宗介の姿を目の前で見せられ、思わず目が眩む。

「宗介……」

 一心不乱に指を舐め、更には猛った自身を俺に擦りつけてくる宗介に、俺は静かに手を伸ばす。此処まで宗介に求められ、それを無碍にするのは人として、男としてどうなのだろう。今俺が欲しいと言うなら俺をやればいい、こんなに苦しんでいるなら、その望み通り快楽に溺れさせればいい。それが、今一番宗介の為になるんじゃないか?
 上下する胸に手を滑らせ、その首筋に舌を這わせる。気持ちがいいのか、宗介が喉を鳴らし、口に含む俺の指を軽く食む。その酷く煽情的な表情に、息を呑んだ。

「――っ」

 だが、俺の手はそこで止まった。それ以上宗介に手を出すことはなく、そのまま宗介の口から自分の指を引き抜いた。指を抜いたせいか宗介が切なげな声を出すが、俺はそのまま宗介を両手で抱き締め、その胸に顔を埋めた。

「すまない、宗介」
「ん、ぁ……」
「すまない」

 本当なら、お前を今すぐ苦しみから解放するべきなんだろう。
 だが意識がないに等しいお前を抱くと言うのは、どうも俺には堪えられそうにない。心が通わない行為を、お前とだけはしたくない。これは俺のエゴだ。それに付き合わせて本当にすまないと思っている。だが、お前を大事にしたいんだ。それは俺だけじゃない。那智も、凪も、大地のガーディアンも、みんな同じ気持ちな筈だ。

「宗介」

 小さく、しかし力を込めて呼び掛けると、宗介が少し身じろいだ。俺は宗介の胸元から顔を上げ、俺を切なげに見つめてくる紅い瞳から目を逸らすことなく、宗介自身に問い掛けた。


「身体の辛いお前に頼むのは俺としても気が引ける」
「うっ……」
「だがもし、少しでもお前の中に戦う力が残っているのなら」
「……ん」
「俺に、俺に力を貸してくれないか。ナルよ」


 お前は、自分の意志に沿わない欲望に負けるほど、弱い存在か?いや、そんな筈はない。お前は、俺を導く程の力を持っている。いくら目の前の強い快楽に流され様とも、内に秘めるその強さが折れるものか。だから俺は信じている。お前は負けないと。


「頼む。この扉の結界を、解いてくれ」


 俺の声が、届くと信じている。
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bkm