伝説のナル | ナノ


55


「そ、それって、ラグーンの紋様ですか?」
「ああ。そのようだ」

 漸く事態を把握出来たのか、ポツリと一人の生徒がそう呟くと、会長はそれを肯定した。本当に、本物のガーディアンになったのか?会長が?それは凄いことだけど、いきなり過ぎておめでとうも何も言えない。それ位俺は驚いている。でもそれは俺だけじゃないようで、皆暫くボーッと会長の姿を見つめていた。

「何をしているんです?次は中等部の演劇なのでさっさと舞台の上から退いて……」

 その時だった。副会長が壇上からいつまでも移動しない俺達に声を掛けてきた。しかしその視線は俺達が取り囲む会長へと向けられた。

「井上か。すまないな、今退く」
「……それ、その胸元の紋様……」

 副会長も驚いているのか、目を見開いたまま会長に刻まれている紋様を凝視していた。しかし忙しそうに中等部の子達が準備をし始めたので、俺達は急いで舞台裏に引っ込むことになった。

「どうしたんですか、それ」
「会長。どうします。先生に伝えた方が……」
「今から中等部の演技も始まる、伝えるにしても今は止そう」

 副会長も交え、皆が会長を取り囲んでいるのを、俺は下ろしてもらった椅子に座りながら眺めていた。まだ何だか夢を見ているような気分だ。劇が終わって直ぐに会長がガーディアンになった瞬間を見たからか、まだ少しボーッとする。それに何だか、心なしか身体も熱い。

「っ……?」

 気のせいかとも思いつつも、顔を手で仰いだ瞬間だった。ドクッと、心臓が一際大きく脈打つ感覚がした。思わず胸を押さえる。何だ今の感じ、俺の気のせいか?
 そう思ったのも束の間、再び心臓が大きく脈を打つ。

「あ……ッ」

 何だこれ、熱い。身体が何だかとても熱い。けど、周りの皆は会長に目が行っているから、俺の異変には誰も気づかない。心臓が脈打つ速度も段々上がって来ている。浅く呼吸を繰り返し溜まっていく一方の熱を放出しようとするも、全然駄目だ。目尻には涙が溜まり、身体は震え始める。どうしようもない異変に恐怖を感じていると、俺の脳裏にフと蓮との会話が過った。
 そうだ、確かあの時蓮は言っていた。コンバートの秘薬には副作用があるって。しかもそれは治癒能力を持つ会長が飲むからこそ現れないだけであって、限りなく最弱に近い俺が飲んだらそれが現れるのは当然のことじゃないか。そう言えばあの薬を飲んだ時、会長は副作用について何か言おうとしていた。何だ、何を言おうとしていたんだ?今となってはもう遅いが、その時よく聞いていれば今こんな思いをせずにいられたのだろうか。

「――!?」

 そんな事を考えていると、身体に更なる異変が現れ始めた。熱いのは変わらない。けど、何だろう。身体の奥から何だかゾクゾクしたものが込み上げて来た。ソレはゾゾゾッと背筋を駆け抜け、身体全体にその感覚を行き渡らせる。それにさえ敏感に反応する身体。徐々に浅く荒くなる呼吸のお蔭で、思考がどんどん鈍っていく。けどその中で、一つだけハッキリと認識したことがあった。
 そう、これは未だかつて味わった事のない快楽だ。


 ――ああ、何でだろう。熱いのに、苦しいのに……凄く、気持ちいい。


 知らず知らずの内に笑みを浮かべていた事にも気付かず、俺の意識はそこで途絶えた。





 それに気付いたのは、チラリと宗介が座っていた筈の椅子へ視線を移した時だった。

「っ?おい、宗介はどうした」
「え?安河内くん?安河内くんなら確かそこに……あれ?」

 一番その椅子に近かった生徒でさえ気付かなかったらしい。慌てて辺りを見渡すも、その姿は何処にもない。

「そんな、だって足怪我してるし、そんな遠くに行ける訳……!」

 確かに此処は舞台裏な為、結構段差もある。それを、あの足で動くのは無理がある。歩けたとしても、目を離した時間は大して掛っていないから、近くに居る筈だ。

「俺が見てくる」
「あっ、ちょ、会長。貴方はこの後の閉会式の準備を!」

 走り出そうとした俺を、井上が止める。けど俺はその腕をやんわりと外した。

「悪かったな、井上。他の皆にも、大分迷惑を掛けた」
「本当ですよ。全く、自分の仕事は終わらしたからと生徒会を出て行こうとするなんて、無責任にも程があります」
「ああ……」
「まあでも、ちゃんと戻って来たことについては評価してあげますよ。劇も、中々の出来でしたしね」

 そう言ってそっぽを向く井上に、俺は感謝してもしきれない思いが溢れてくる。

「お前達で、本当に良かった。ありがとう」
「なな何を突然っ、そんなお礼を言われる程の事では……!」
「けど、悪いな。迷惑掛けたついでに、もう少しだけ掛けさせてくれ」
「……え?」

 頼む。それだけ言うと、俺は舞台裏を飛び出した。後ろで井上が一瞬声を上げるが、もう開演の時間だからか、すぐに口を閉じたようだった。本当に悪いな。追い掛けてこないと言う事は、俺の思いを汲んでくれたのだろう。つくづく出来た男だよお前は。

(それにしても、嫌な予感がする)

 舞台裏にある扉から外に出て、俺は急いで入り口に向かう。これは俺達の邪魔を悉くして来た人物の仕業なのか?目的も相手も分からないから、気を抜いたつもりはなかった。それなのにこのザマだ。ガーディアンが聞いて呆れるな。

「っ、これは……」

 そして建物の正面に回った俺は、その真ん前に落ちている物を拾い上げた。
 そう、落ちていたのは宗介が履いていたヒール。その片方だけが、そこに落ちていたのだ。
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bkm