伝説のナル | ナノ


54

 なんの不安もない。皆でやれば何でも出来るんだと、俺は舞台で照明を浴びながら思った。物語ももう終盤。皆それぞれやるべき事をやり切った。剣を交えるシーンなんかはほぼアドリブだったのに、とても楽しそうに演じる皆はとても眩しかった。凄い、本当に。そして何より、誰よりも楽しそうに舞台を駆けまわっていた会長の姿が見れて俺は嬉しかった。

『争いは終わったのですね……』
『ああ。俺達の望みは果たされたんだ』
『闘いが止み、平和が訪れた彼の地を見てくるがいい。さらばだ、人の子よ』

 因みにこの迫力ある聖竜と聖なる神殿は、導具の力で映し出したものだ。流石にセットを作る時間は無かった為にとった手段だったが、結果的には映像化したお蔭でとても神秘的な作りになった。
 スゥッと消えていく聖竜を見送った俺達は、その場に二人きりで残された。静まり返った聖なる神殿の中で、会長がソッと俺の足に負担をかけない様その場に下ろした。半分会長に身体を預ける様な形で、俺は会長の顔を見上げた。何だかこの目線は慣れないな。いつもはそう変わらない筈なのに。少し恥ずかしいな。
 そんな事を思っていると、少しだけ紅みを帯びている瞳と目が合った。よく見ると、神殿の映像に合わせて会長が光を飛ばしているのが分かった。だからこんな幻想的なのか。周りのキラキラが会長の瞳に映り込んでいてとても綺麗だ。そんな会長の瞳を見つめながら次の台詞を待っていると、会長は口を開くでもなく、ただ俺を見下ろしていた。

『……』

 え、あれ?会長?
 異変に気付いたのは俺だけでなく、俺達から見えるところに居る皆もあれ?と言う顔をしている。監督に至っては「台詞!」と口パクで俺に伝えてきている。此処の愛を誓うシーンは、練習したシーンと変わらない感じでいいと言っていたから、会長がそれを忘れる筈はないと思うんだけど。観客はみんな異変に気付かず、静かに見つめ合う俺達の姿を固唾をのんで見守っている。でも、このままじゃ流石に変だと気付くだろう。どうしようと思って、俺が思わず「ワイズ様?」と小さく呟くと、会長が微かに反応した。そしてダンマリだった口を徐に開いた。

『この先、俺は頑張って生きて行けるだろうか?』
『え?』

 そんな台詞はあっただろうか。と言うより、ワイズは俺とは言わない。もしかしてアドリブなのか?そう思ったが、違う。これは、会長自身の言葉だ。俺の目を見つめ、俺に問い掛けるその言葉は、何を意味しているのか。

『生きる為の証はもう、消えてしまった。それに縋り生きていた俺は、迷わず歩んで行けるだろうか?』

 一瞬、会長のお母さんのことが頭に浮かんだ。会長がその事を言っているのかは俺には分からない。ただ一つ分かるのは、会長は迷っているからこんな事を言っているんじゃない。だって会長、笑っているんだ。目には強い意志を宿し、迷いなく俺を見て問い掛けて来ている。もしかして、俺が言おうとしていることが分かっているのかな。たぶんそうなんだろう。俺の答えが分かってて、尚聞いてきている。なら俺は言わないといけないな。

『分かりません。けど、一緒に探して行くことなら出来ます』
『……』
『証が必要なら、縋り付く存在が必要なら、それを探しましょう。”此処”でなら、きっと見つかります』

 俺は会長の手をとり、笑った。

『あの時、私の手を掴んだこと、絶対後悔させませんから』

 会長があの時、部屋で俺の手を掴んだことは忘れない。だから、せめて俺が最後まで迷わない様手を引きます。その証を、見つけるまで。

『……ありがとう』

 会長が、とても嬉しそうに目を細め笑っている。その蕩けた笑みに、多くの観客が一瞬叫びかけたのが分かった。かくいう俺もそれを間近で見ている一人なのでとても心臓に悪い。うへへと変な笑いを零していると、会長が『だが』と言葉を漏らした。

『もう見つけたんだ』
『見つけた?』
『ああ。俺が頑張る理由は、もう見つけた』

 思わず目を見開いた。ずっと探していた理由が、見つかった?
 驚き固まる俺の頬を会長がスルリと撫でる。そしてそのまま顎に手がかかり、さっきよりも距離がグッと縮められた。

『……っ、あの』
『襲い来る総てのモノから、お前を護りたい』
『え?』

 息がかかる位の近さに思わず声を上げるが、それを会長に遮られる。しかも、その言葉の意味が分からず間抜けな声が出てしまった。お前を護りたい?お前って、俺?いや、もう劇の内容に戻って姫のことか?
 その言葉が誰に向けられたものなのか分からず混乱する俺を余所に、会長はそのまま言葉を重ねていく。

『俺が生きる為の証は、お前だ』
『は、え……』

 せ、台詞を言わないと。
 でも頭の中がゴチャゴチャして何も言葉が出てこない。あわあわと目に見えて顔が赤くなっていく俺を見て、会長が小さく笑みを零した。


『俺を導いてくれた、俺の光』
『か――』


 会長、と役名ではなく零れ出た俺の言葉は、会長の唇に全て呑み込まれた。
 あれ。俺キス、されてる?確かこのシーンはフリでもいいって話だったから、俺達は練習の時ずっとそう見える様にしてきた筈なのに。ゆっくりと唇が離され、それで終わりかと思いきや、俺が握っていた手をそのまま口元に持っていくと、そこにもそっと口付けを落とす。そして俺をギュッと抱き寄せた。もう俺の頭は容量が一杯でただ固まってされるがままだった。言葉も出ない。ただ耳だけは正常に働いていた。でも聞こえるのは会長の言葉と、観客席からの悲鳴と拍手だけ。悲鳴なのか何なのか分からないけど物凄い色んな声が聞こえる気がする。けどナイスタイミングだ。幕がゆっくりと下ろされていくのが分かり思わず安堵する。これ以上続いたら俺は間違いなくこの劇を台無しにする。鳴り響く拍手が聞こえる中で、幕がもう閉まろうと言う時、会長が俺の耳元で囁いた。


「俺の持てる全てを、貴方に――わが主君よ」
「――ッ!」


 会長のなりきりようは凄いなぁと少し回復して来た頭で思った瞬間だった。突然左胸が熱く感じだ。そして会長も、俺がもう片手を置いている会長の左胸を見て顔を一瞬顰めた。
 そして、それは起こった。

「ッ、これは……」

 舞台袖から飛び出してきた皆が、固まっている。それもその筈、会長の右腕が突然光を放ったかと思えば、服が燃え、そこだけ露わになった。そう、光を放ち燃えていくのはあの日継承式で授かったラグーンの紋様。それが綺麗に燃えていく。だが熱くはない様で、会長自身も燃えていくその紋様をジッと見つめていた。
 そして何を思ったのか、そのまま自分の服のボタンを外し始めた。

「ちょ、会長、何してっ」

 監督の人が慌てた様に声を上げたが、俺は自分の目に映り込んで来た光景に思わず目を瞠った。そして皆も言葉が出ないのか、同じ場所を見て固まっていた。


「本当だ……」


 ただ一人会長だけは、俺にも資格があったんだなと嬉しそうに笑っていた。
 自身の左胸に浮き出た、そのラグーンの紋様を見て。
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bkm