伝説のナル | ナノ


53


 王子と姫が聖域に足を踏み入れ、そして聖竜に願いを伝えるシーン。それをジッと見つめる白河家のご当主は、自分の息子を見て何を思っているんだろうな。

「学園長、少し外します。何かありましたら知らせて下さい」
「ああ、分かった」

 ご当主の横に座る学園長に一言声を掛け、俺はその場を離れ、下に通じる階段を降りた。案の定、一階の出入り口付近の扉の傍に那智は居た。その横に高地大樹と、井島蓮が居たのには驚いたが。その三人の様子を見ていた俺に気付いた那智が、笑顔で手招きする。そこへ忍び寄った俺を見て、心底驚いたのか、高地大樹と井島蓮が目を大きく見開いた。
 こいつとは食堂の騒動以来か。気まずいのか何なのか、俺からすぐに視線を逸らした。けど俺の動きに注意しているのが分かる。やれやれ、警戒されたもんだ。まあそれだけ事態が呑み込めてるって言う点については褒められるがな。

「やっほー。お疲れ」
「ああ。あの頑固者の相手をするのは骨が折れる」
「相手してるのは学園長でしょー」

 那智の隣に立つと、那智が小声で話し掛けて来た。俺もそれに小さな声で答える。
 宗介が晃聖を迎えに行くと聞いて、まずは学園長にその旨を報告した。きっと宗介なら、複雑な思いを抱える晃聖を連れ帰ってくれると信じて。そうなると、問題は白河家自体だ。ご当主が晃聖を大事にしているのは分かっている。だが期待のあまり、家に縛り付けようとする黒岩の家。傷付かない様、家に縛り付ける白河の家。扱いは違うにしても、やってることは一緒だ。本人の意志をそこには求めていない。まだ子供だから、親である自分に権限がある。そう思うんだろうな。
 でもご当主は一つ勘違いされている。アンタが大事に育てて来たご子息、この学園の生徒会長は、もう何にも囚われない強さを持っている。それはアンタがその目で確かめて一番よく分かった筈だ。舞台上のアイツの輝きは、希望に満ち溢れる瞳は、アンタが見て来た仄暗さを抱えた子供じゃない筈だ。

「こーせー、何かイキイキしてるよねぇ」
「宗介くんも楽しそうだ」
「うん……って、凪分かってたの?アレが宗介だって」

 那智が少し驚いたようにこちらを見る。

「お前だって分かってるだろ」
「そりゃ力使ったし、まあ最初何となくそうかなぁって思ってたぐらいで」
「俺も似たような感じだ」
「えー嘘だぁ。ちゃんと答えてよー」
「十分だろ」

 納得のいかなさそうな那智を放って、俺はもう一度舞台を見る。

「凪はさ、分かってたんでしょ?晃聖が戻って来るって」
「いや。俺は宗介くんを信じただけだ」
「……じゃあ、晃聖が宗介を見る目について、何も思わないのー?」

 少しだけ不貞腐れた様な声に、俺は思わず忍び笑いをする。それに気付いた那智が、今度は顔まで不貞腐れた様に口をムッとさせた。大人びて見えても、こいつはまだまだ精神的に甘い部分がある。流石に同年代の、しかも晃聖が相手ともなると気の持ち様が違うらしい。

「思わねぇな。俺は、他の誰がどう言う気持ちを抱えてようと関係ない」
「……」
「俺は、自分の役目を果たすだけだ」
「……俺は凪の様には割り切れないよ」

 お前はそれでいい、とは敢えて口に出さず、トンッと那智の胸の前を軽く叩く。それは昔から俺がよくやっていたこと。色んな場面で、こいつが成長するたびにやってきた行為だ。俺の真意を読み取ったのか、那智の表情がパッと明るくなる。そして小さく頷いたのが分かった。
 たく、世話の掛かる弟だ。そう思いながらも、舞台から目を逸らさない。それぞれの王国が戦争への意欲を見せるシーン。果たして王子と姫の聖竜への願いが叶うのかどうか、このシーンを此処に持ってくるだけで見方が大分変る。客の心理をよく分かった構成だ。中々、学園祭にしては完成度が高いんじゃねぇか?

「凪。一つだけ気になる事があるんだけど」
「なんだ」
「晃聖。始まってから一度も宗介を床に下ろさないんだよね。ずっと抱えたまま」
「……」

 その言葉を聞いて、俺は舞台袖から出てきた宗介と晃聖へ目を向ける。確かに、さっきと変わらない。その場でただ立つシーンであっても、晃聖が宗介を下ろすことはない。

「それにさ、俺晃聖からショートライン着るって聞いてたんだけど、今回ずっとあのエンパイアラインのドレス着てる。まるで足を隠すようにさ」
「へぇ…」
「それと、どうやら晃聖と宗介が帰って来るのを邪魔するヤツが居たらしいんだよね。それで俺と大地のガーディアンが途を作って何とか帰って来れたんだけど……」
「……もしかしたら、演劇開始前にも何かあったのかもな」
「うん。でも晃聖も傍に居るから、騒ぎになる位の手は下さないと思ってるんだけど」
「那智。引き続き警戒してろよ」
「え、何処行くの?劇見ないの?」

 その声には答えず、俺は足早に体育館から出て行く。那智から聞いた話では、那智がガーディアンに戻った時の記憶が宗介にはないらしい。そして自分が魔導を使った事さえ忘れてしまっているようだと。
 宗介の記憶を消す者。宗介と晃聖の帰りを邪魔する者。成る程な。その方が、都合がいいって訳か。

「上等だ」

 いつまでも先手ばかりとれると思うなよ。
 姿も見えないその存在に対し、俺は沸々と怒りを覚える。そして、目的の為に、とある場所へと足を向けた。
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bkm