伝説のナル | ナノ


52

「どう言うつもりかね」
「どう言うつもり……とは?」

 突然の訪問を物ともせず、余裕の笑みで来客を迎えた安河内剛は、自身に厳しい目を向ける白河家当主に恍けて見せた。勿論相手は全て分かっているのだろう。そんな剛の冗談も受ける余裕がないのか、矢継ぎ早に問い質してきた。

「あの子供を使って晃聖を連れ戻したのはキミだろう?」
「あの子供?」
「調べさせてもらったよ。彼、安河内宗介君と言うらしいな」
「……」
「キミと同じ姓だ。甥だそうだね」
「ええ。可愛いでしょう」

 剛としては本気で言った言葉なのだが、白河家当主からしたらふざけている様に感じたのか、少し眉を顰めた。

「彼がどんな手を使ったのかは知らない。だが今朝方、あの部屋から二人して姿を消した。晃聖は此処に居るのだろう」
「……」

 疑問符すら必要ない、ほぼ断定したその言葉に、剛は内心溜息を吐く。

「居たら、どうすると言うんです?」
「無論連れ帰る」
「彼がそれを拒んでも、ですか?」
「……どう言う意味だね」

 意味が分からないと言う顔をしている当主に、剛は不意に笑みを零す。

「何が可笑しい」
「いえ。ああ、そうそう。今日は学園祭なんですよ」
「それがどうしたんだ」

 明らかな話題転換に、露骨に顔を顰める当主。しかし剛は徐に立ち上がると、扉の方へ歩き出してしまった。

「おい。まだ話は途中だぞ」
「もう始まってる時間だな。凪、頼む」
「はい」

 だが当主の言葉を無視して話を進める剛は、扉の傍に立って居た凪に何か指示を出す。その様子に思わず剛の肩を強く掴んだ当主は声を荒げた。

「どう言うつもりだっ、早く晃聖を……!」
「まあまあ。白河様、これを見てからでも遅くはないでしょう」
「な、何を……」

 剛がそう言って指をさす場所は、凪の力によって繋がった扉の先。そこは暗く、静まり返ったホールのような場所。そこには沢山の生徒が居て、皆が舞台上に目を向けている。吸い寄せられるようにその中へ足を踏み入れると、二階の席なのか、高い場所から全てを見渡せる場所に当主は立っていた。
 そして、舞台へ目を向け思わず目を瞠る。

「此処は特別な方をお招きしてご覧頂くVIP席です」
「白河様、どうぞお掛けになって下さい。そして、見るといい」

 ――貴方のご子息の姿を。





 こんな足では上手く歩くことも出来ない。だから、内容は大幅に変わった。そう、愛の逃避行にしようと言われた為、俺は会長に抱きかかえられながら舞台を動いている。ほぼ会長に抱えられている為、本当に会長には申し訳ないが、今の所は上手くいっている。
 因みに物語はこうだ。姫と逃げる王子は、森を抜け、聖域を目指し走る。聖域には神殿があり、精霊たちが棲んでいて、更にそこには願いを叶えてくれる聖竜がいる。その聖竜に今回の戦争を止めてもらうと言う話だ。最後はハッピーエンド。聖なる神殿で二人が愛を誓いあって終わるそうなんだが、その間に前の劇の要素を突発的に入れると監督が言っていた。登場人物自体は、精霊役以外変わっていないから、彼らがどんな風に絡んでくるのか、舞台で演じる俺まで楽しくなってきた。

『追手、ですね』
『ワイズ様、私を抱えたままでは分が悪いです。どうか私を下ろして……』
『その間に貴女を連れ去られでもしたら、私はどうにかなってしまう。何、貴女一人抱えた状態であの者達に後れを取るほど、私は弱くない』
『ワイズ様…』
『しっかり掴まっていて下さい』

 純粋に凄いと思った。俺を抱え続けるのも、時々魔導を使って演出を派手にするのも、会長が担ってくれている。追手と戦うシーンだって、剣を振るって動くのは会長だ。疲れてもおかしくないのに、会長はそれを全く顔に出さない。と言うよりあまり息も切れていない。
 そして漸く自分たちが少しの間引っ込むシーンがあり、急いで上手に引っ込んだ。俺を椅子に下ろし、隣に座る会長に、傍にあった水を渡すと、一気に空になるまで飲み干した。やっぱり喉乾くよな。

「あの、大丈夫ですか?俺重いのにずっと抱えててもらって……しかも片手で」
「ああ。問題ない。それに今のお前は女性の姿をしているからな。そう重くはない」
「それは確かにそうですけど、ずっととなると疲れませんか?」
「……?これ位なら、少し魔力の高い魔導士なら全員できると思うが」
「え!」

 全員出来るってマジか。初めて知った事実に驚いていると、会長は俺が魔導士の常識を殆ど知っていないことに気付いたのか、うっすらかいた額の汗を拭いながら説明してくれた。

「お前は一般人に交じって過ごしてきたんだろう?周りより自分の身体能力の方が優れていると感じたことはないか?」
「えっと、その……」

 正直俺、中学までは何に対しても目立つなと言われてきたから、勉強以外は全部適当にやっていた。体育だって耀が活躍する傍らで地味にあまり動かず真ん中の成績を貰ってたぐらいだし。でも高校ではそれなりにマジメに取り組んでた筈だ。ペアも大樹が一緒に組んでくれてたし、今まで動いて来なかった割には出来てた方だと思う。家で筋トレはしてたからかな。でも比べたことはなかったな。何と答えればいいのか。
 俺が答えに困っていると、俺の心情を察してくれた会長が話の続きをしてくれた。

「魔導師は、魔力を持たない者に比べて身体能力は高い。そう言う肉体を持って生まれているんだ」
「そうなんですか…」
「魔力が高いほど、その身体能力は格段に上がっていく。凪や那智の動きを見たことがあるだろう?魔力だけでなく己の身体を鍛え上げれば、アイツらみたいに常人離れした動きも出来る様になる」

 そうだったんだ。確かにあの二人は凄まじく早い動きをする。自分たちの努力は勿論、魔力の強さにも関係してたのか。やっぱり凄いな魔導士って。俺もそれ位動いてみたいよ。

「お前もその気になれば二階の窓までシャンプ出来るだろ」
「ええ!?いやいや、俺には無理ですよ」

 たぶん一階の窓辺りでボトッと下に落ちる気がする。自分で言うのも悲しいけどあんま跳躍力無さそうだし。だが会長は首を傾げ、何やら一人で納得し始めた。

「そうだな。お前なら浮遊――フロートを簡単に憶えられるだろうしな。ジャンプする必要はなさそうだ」
「え、あ、いや、そうではなく…」
「この学園でフロートを憶える者は今の所居ない。難しい魔導であるが故に、敬遠されがちな魔導だ」

 確かに飛べる魔導なんて夢みたいだけど、そんな難しいと言われてるヤツ俺にはとてもじゃないけど憶えられない。でも、そうか。魔導士がそんな肉体を持っているとはいい勉強になった。今度大樹達と少し実験してみようかな。

「そろそろ出番だな。行こう」
「はい。お願いします」

 少し話している間に出番が回ってきたようだ。森を抜け、そろそろ聖域へと繋がる渓谷へ入るシーン。だが追手も差し迫って来る緊迫する場面だ。気を引き締めて、せめて自分の出来る事をやろう。

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bkm