伝説のナル | ナノ


51

「話の内容は大分変るけど、皆なら出来る」

 開演まで後十分。もう幕の外は生徒達で一杯だ。俺達は円陣を組んで、劇の成功を祈ることにした。俺も出来る限りの事はこの時間内にやったつもりだ。後はもうやりきるだけだ。

「じゃあ最後掛け声。会長よろしく」
「ああ……皆、あまり気負わずに楽しんでやろう。行くぞ!」

 オー!と皆が大きく叫ぶ。楽しんで、か。その言葉に皆いくらか緊張が解けた様に笑っている。会長の言葉は俺だけでなく皆の心も軽くしてくれるんだな。

「それじゃあ、行こうか。宗介」
「はい。お願いします」

 俺の傍までやって来た会長の手をとり、深く頭を下げる。緊張からか、顔が強張る俺を見て会長が小さく笑う。大丈夫だ。会長が、こんな頼りになる人が傍に居るし、何より皆でやる劇だ。何も俺一人じゃない。
 会長に言われた通り、今は楽しもう。


<――それでは、ご覧下さい>


 アナウンスが終わり、とうとう俺達の演劇が幕を開けた。





 間に合って良かった。後ろの壁に寄り掛かりながら一息つく俺は、徐々に開いていく幕をぼんやり見つめた。

「宗介は王子様だよね。楽しみだなー」
「そ、そうだな」
「あれ?大樹顔赤くない?何想像してんの?」
「は!?べ、別に赤くなんて…!」
「しー」

 騒ぐ二人に指を立てると、大きな声を出した自覚があるのか、高地大樹がほんのり赤い顔を隠しながら小さく「すいません」と謝った。こう言うところはホント素直で可愛いんだけどね。何故か俺の隣に立つ高地大樹と井島蓮は、この劇を楽しみにしてたのか食い入るように舞台を見つめる。まあ俺も宗介が出るって言うから見に来たし、宗介がこの劇に力を入れてるから色々力を貸してるんだけど。
 まあ折角だから晃聖の晴れ姿も見るけどね。後で盛大に揶揄う為にもさ。これからの事を思いながら一人ほくそ笑んでいると、劇が始まったようで人が暗がりの中飛び出してきた。そしてその人影にスポットライトが当たる。
 その瞬間、周りの空気が一瞬止まった。かくいう俺達も一瞬目が点になった気がする。と言うのも、俺達はもうある程度誰がどの役をやると言うのを噂で聞いていたし、たぶんその心構えで見に来て居る筈だ。しかしどう言う事だろう。
 今舞台に立って居るのは二人。いや、正確には女性を抱える男が、そこには立って居た。そしてその男はなんと晃聖だった。晃聖がお姫様役をやるとばかり思っていた此方からすれば相当度肝を抜かれる話だ。だが舞台に立つ晃聖は、此方の戸惑いを物ともせずに声高々に言った。

『ローゼ姫。お怪我はありませんか?』

 ローゼ、と言って晃聖が視線を送るのは自分が抱える女性だ。じゃああの子がローゼ姫。本当に晃聖やらないんだ。あの晃聖が自分から役を降りるとは思わないんだけど、しかも気になるのはそれだけじゃない。もしかして晃聖が演じてる役って、王子様じゃない?

『はい。ワイズ様もご無事で何よりです』

 やっぱりそうだ。でもそうなると可笑しい。王子をやるはずだった宗介は一体何処にいるんだ?まさか、宗介の身に何かあったんじゃ――。

「…あれ?」
「え、ちょ…」
「マジで?」

 どうやら俺達は三人同時に気付いたようだ。信じられない気持ちから思わず三人で顔を見合し、確かめる様にまた舞台に視線を戻す。だが俺がこっそりアナライズで舞台に立つ二人を見て、それも確信に変わった。
 どう言う事かは知らないが、あの抱えられて話しているあの女の子こそ宗介だったのだ。

「どうして宗介が姫役?」
「わ、分からない」
「ははっ、顔赤いけどだいじょーぶ?」

 宗介が女の子の姿してるからって、何を考えているのやら。思わず揶揄うように言うと、赤い顔を更に赤くさせ何かを叫ぼうとした。反射的に俺と蓮で飛びついてさっきの様に大声を出すことはなかったが、こいつは少し熱くなりやすいな。まあ煽ったのは俺だけど。

「まあ何かあったんだろうね」
「何かって、まさかまた…」
「それは分からない。けどいつでも動ける準備はしときなよ」

 その言葉に目つきが変わった高地大樹は、舞台で演じる宗介を見つめた。グッとその拳に力が入るのを見て、思わず小さく笑う。まあでも今は心配ないと思う。だってあそこには、晃聖が居るし。
 でも俺達がどうしようも出来ない、目に見えない力が働いたらその時はどうすればいいのだろう。きっと凪なら何かいい案でも出してくれそうだけど、生憎と今この場にはいない。凪もまた、宗介と晃聖の為に自分が出来る事をしている筈だから。

(――きっと今は学園長室、かな)

 凪も宗介と同じぐらい、寄り掛かるのが下手な人だから。
 あの人になんて言って頭を下げたか見てみたかったな。
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bkm