伝説のナル | ナノ


50

 取り敢えず言われた通りシャツを脱ぎ、受け取ったインナーとドレスに身を包んだ俺は、何とも言えない気持ちになる。何と言うか、女の子ってこんな感じなんだなぁって。いつもはない胸とかを見て思ったのだ。別に自分の身体だからってのもあるのかもしれないが、そう良いもんでもないなこれ。柔らかいけど邪魔だ。その代り下についてるモノがなくなったので、それはそれで心許ない。不安だ。まあ女子の身体だから当然なんだけど、気分的になんかな。

「着れたか?サイズはどうだ」
「あ、はい。大丈夫そうです」
「なら少しだけ身体を此方に。後ろを結ぶ」
「すいません、ありがとうございます」

 ドレスの後ろを結び終えた会長は、「なら行こう」とそのまま俺を横抱きにした。そして部屋から出るとすぐ傍に衣装の子がメイク道具やた小物やらを抱えて立って居た。そして俺を見て少し目を見開き、勢いよく視線を逸らした。近くにいた他の生徒も同様にだ。な、何だその反応。大分傷付くな。
 そんな事を思いながら、近くの椅子に下ろされると、すかさず衣装の子が近付いてきた。

「っ、その、サイズとかは、どう?」
「え?」
「だから!ドレスのサイズ!キツかったりしない訳!?」
「え、ああ、大丈夫だ」

 一瞬気圧されるが、俺は大丈夫だの意味も込めて首を振る。奇跡的にキツイと言うことも緩いと言うこともなく着れた。俺の方は寸法を直す必要はなさそうだ。会長の方は背の大きさとかも違うから、直すところがあるけど。

「そ、そう。ならちゃっちゃと整えてくよ」
「あ、うん。頼んだ」
「俺も着替えてくる」

 衣装の子に後を託した会長が上手の方へ向かっていく。その後姿を見送っていると、衣装の子が「後でお礼言いなよね」とぶっきら棒に言ってきた。

「会長にだよ」
「あ、ああ。そうだな。こんなに良くして貰ったんだし、お礼言わないと…」
「そうだけど、そうじゃなくて!」

 どうやら彼が言いたいのはまた別の事らしく、大きな目を吊り上げながらプリプリと怒り出した。しかしその間にも俺の顔に色々付けてくる手が止まらない辺り、凄い器用だと俺は思った。

「何で態々個室に連れてかれたか分かる?」
「え?いや、何でだろう?」

 個室にって言うのは気になったけど、理由まではよく分からなかったな。何か大事な話がしたかったとか?まあ大事ではあったか。主役を入れ替えるって言う話なんだからな。

「今お前は女の子になったんだよ。それなのにあんなパンツ一丁にシャツ一枚羽織っただけの状態でクスリなんか飲んだらどうなるか位分かりなよ」

 危機感を持て!と怒られたが、俺はその言葉に衝撃を受けていた。そうか、あそこでもし女の姿になったりしたら、あられもない姿を見せる事になっていただろう。男の姿では平気でも、周りの人だって女の子の身体だったらイヤでも目のやり場にも困ってしまうだろう。
 ああ、だから会長も少し気まずそうに目を逸らしたのか。うん、確かに俺は配慮に欠けていた。自分が平気だからと言って周りが平気と言う保証は何処にもない訳だし。

「悪かった。この姿の時は色々気を付けるよ」
「そうして……まあ、元の姿でもあの恰好はどうかと思うけど……」
「え?何だって?」
「何でもない!いいから向こう向いてて!」

 よく聞こえなかったから振り返ったのだが、髪のセットをしているその子に無理やりまた顔を前に向けられる。グギッと変な音がしたのは気のせいだろうか。この子の当たりの強さは中々だな。
 そして全てを完璧に整えられた俺は、鏡を受け取り少し感動していた。

「なんか、女の子みたいだ…」
「いや女の子だから。身体が既に女だから」

 そう呟いた声も高いもので、何だかムズムズしてしまう。周りの人達が可愛いと言ってくれる中、上手の方では悲鳴が上がった。何だ何だと皆がガヤガヤと騒ぎ出すので、俺も気になり其方へ視線をやる。
 そして一瞬息を止めた。

「え……」

 間抜け面かもしれないが、開いた口が塞がらなかったんだ。それ位、俺は衝撃を受けている。

「待たせた」
「会長…」

 そう、漆黒のマントを靡かせて俺の前に歩いてきたのは、何と会長だ。俺が自分で着ていた物とは思えない高級感は、きっと会長が着ているからこそ出てくる物だろう。凄い、髪を上げ後ろに流しているからいつも以上に清潔感漂ってるし、気品はもう溢れ出ている。ああ、そうだ。こう言う人を正しく王子様と言うのだろう。

「どうした?足が痛むのか?」

 ボーッと俺が会長を見つめていたせいか、会長が俺の前に膝をつき心配そうにしている。

「あ、すいません。違うんです」
「……?」
「その、会長凄く格好いいですね。俺見惚れちゃいました」
「――」

 素直にそう述べると、会長は一瞬目を瞠り、スクッと立ち上がってしまった。そして俺に背を向け監督の元へ行ってしまう。え、俺今変な事言ったのかな。そう不安に思っていると、衣装の子が俺の頭に手刀をかましてきた。

「いでっ」
「『俺』じゃなくて『私』でしょ!今のうちに直しておかないと本番も間違えるよ」
「あ、そ、そうだった」

 そうだそうだ。会長を褒めてばかりもいられない。姫としての振る舞いは俺に懸かってるんだ。今のうちにそれっぽく振る舞っておこう。途端にシャキッとする俺の後ろで小さく溜息が聞こえた。

「天然ジゴロみたいなもんか……」
「え?何だって?」
「うるさい!向こう向いてて!」

 また怒られた上にグギッと首を前に向けられ、俺の首はどうにかなりそうだ。
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bkm