伝説のナル | ナノ


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 でもそんな中、戸惑う生徒達の中で一人だけ、監督を務める先輩がハハハ!と声を上げて笑った。しかもその目は愉快そうに細められている。

「中々言うな、会長様。その案、すげぇ面白いと思う」
「マ、マジで言ってんのかよ!?」
「俺も嫌だよ。折角会長様も帰って来て皆揃ったのに、此処で中止にするのは。だから、俺はやる」

 会長と一緒だ。その先輩の目は、諦めていない。何が何でも劇を成功させる、そんな気迫を感じる。そんな二人の真剣さを皆汲んだのか、不安だった皆の表情が変わっていく。勿論、良い意味でだ。

「そうだな、俺もやる!」
「僕も!」
「ああ、俺らなら出来る!」

 そして皆次々を声を上げ奮起した。その光景を見て、俺は改めて会長の偉大さに感動する。

「どうした、宗介。痛むのか?今鎮痛剤を用意しているからもう少し待ってくれ」
「あ、いえ、ありがとうございます。その、改めて会長は凄いなと思いまして。何て言うか、偉大ですよね」

 だが俺のそんな言葉に対し、会長は何故か目を真ん丸くさせている。何故そんな表情で俺を見るのか分からず困惑していると、会長がクスッと小さく笑みを零した。

「お前の方が偉大だろう」
「え?」

 耳を疑うような言葉に固まっていると、先輩は監督に呼ばれ向こうへ行ってしまった。今のは一体どう言う意味だろう。偉大と言う言葉が自分に合わなすぎてピンとこない。

「安河内くんお待たせ!これ、少し魔導の力が入ってる鎮痛剤。身体の中からなら平気じゃないかって会長からの指示でね。でも完全には痛みなくならないんだ。無理はしないでくれ」
「ありがとうございます」
「今医者も手配してるから、演劇終わったらすぐ診せに行こう」
「はい」

 渡された薬を飲み、俺はゆっくりと自分が着ていた衣装を脱ぐ。脱ぐのも苦労する衣装だから、衣装の子に手伝ってもらいながら。そして自分が着ていたYシャツだけ羽織りその場で待機。その間も皆忙しなく動いている。きっと段取りを短い時間で決めているのだろう。リハの時間さえもそれに割いているし、本当にギリギリになりそうだ。下手したら間に合わないってことも…。

「宗介。薬は飲んだか?」
「は、はい」

 すると会長が此方に向って歩いてきた。それも小瓶を片手に。あれは、コンバートの秘薬だ。それに腕には会長が着る筈だったドレスも掛けられている。もしかして配役が決まったのか?そう思っていると、会長が俺の傍に膝をついた。

「え、会長……ッ、うわ」
「裏の個室を使う。俺達が出てくるまで誰も覗くなよ」
「分かった。それじゃあ王子の衣装をこの通りに大至急直してくれ」
「分かりました!」

 そんな皆のやり取りを、俺は会長の肩越しに見る。いや、つか何で俺会長に抱えられてるんだ。しかも個室に二人でって。訳が分からず会長を見上げるも、いつも通り表情が読めない。そして俺達がやって来たのは下手にある倉庫代わりの小部屋。そこにあるパイプ椅子に俺を座らせた会長は、小瓶の蓋を開け、呆ける俺に差し出してきた。

「え?」
「飲め」
「え、ちょっと待って下さい。それ、コンバートの秘薬じゃ……」
「ああ。今日はお前がローゼ姫だ」
「えええぇ!?お、俺がローゼ姫!?」

 と言うか、ローゼ姫って会長がやる役だったよな。それを俺がやるって、どう言う事だ。と言うより即興劇をやるなら恐らく俺は役から外されると思っていたのに、まさかの主役。しかも今度は女役。

「それじゃあ王子のワイズは一体誰が――」

 俺がやる筈だったワイズ王子は、一体誰が演じるんだ。そう訴えかければ、会長は自信ありげに口の端を上げた。

「誰がお前の練習相手を務めて来たと思っている」
「え、まさか…」
「ああ。俺がワイズ役だ」
「えええぇ!?」

 本日二度目の絶叫。まさかの主役入れ替わり。俺がローゼで、会長がワイズ?確かに俺達は二人で合わせてたし、姫がどう言う人柄なのかも俺は理解したつもりだ。けど、演じるとなると話が違う。

「で、でも俺足こんなですし、このままだと迷惑を掛けてしまうんじゃ…」
「それについても大丈夫だ。お前を一歩も歩かせるつもりはない」
「え?それってどう言う……」
「時間がない。早く飲め」

 そう言って俺の手に小瓶を握らしてきた会長。その目にはやはり迷いはない。でも俺は主役を任せてくれるその期待に応える事が出来るのか?そんな俺の不安な表情が前面に出たのだろう、会長が一瞬目を瞠る。そして、一つ溜息を吐くと、俺の頭をポンポンと軽く叩いてきた。

「確かにリスクも大きい。怪我をしているお前の身体に無理をさせるのは重々承知している。けど…」
「か、会長?」
「お前が言ったんだ、一緒にやろうって。だから、俺を一人にするな」
「――!」
「大丈夫。心配するな。俺がついてる」

 その言葉は酷く優しく、そして俺の背を強く押してくれた。会長が此処まで言ってくれたんだ。俺はそれに応えるように深く頷き、受け取った小瓶に口をつけ一気に煽った。シロップの様に甘い液体が、徐々に身体の中へ落ちていく。
 そして会長は、持っていたドレスを俺に渡した。甘さに顔を顰める俺はそれを受け取り、自分の身体の変化を待った。

「これ、どれ位で変化が起きるんですか?」
「飲んで一、二分と言うところだ。そうだ、もし副作用が出てきたら何だが――」
「う……」

 突然身体が熱くなり、俺は思わず自分を抱き締める様に蹲る。会長が俺の異変に気付いたのか、慌てて俺の前にしゃがんだ。

「宗介、大丈夫だ。もうすぐ終わる」
「っ、うぁ…!」

 その言葉通り、俺の身体の異変はすぐに治まる。最初は熱くて締め付けられる様な感じだったのだが、それもすぐに治まり俺はぼんやりと自分の手を見た。いつもと違う、小さく白い手。

「あ、俺……っ!」

 思わず口を押える。自分の声までもが高い。そんな自分に驚いていると、俺の前でしゃがむ会長と目が合った。しかしそれがスイッと少し逸らされる。それを不思議に思いながら、俺は自分の全身を見ながら自分が女になっているのに少しだけ感動を覚える。

「すごいですねこの薬。見て下さい会長、ほら!」
「分かった。取り敢えず、そのシャツを脱いでドレスを被ってくれ」

 そこからは手伝う。
 そう呟いた会長の顔は、俺の気のせいかもしれないが、少しだけ照れている様にも見えた。
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bkm