伝説のナル | ナノ


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 先程チラリと見た時間は、何故か十時過ぎ。俺達が会長の家を出たのは朝なのに、なんでこんなに時間が経っているのか。会長によると誰かの妨害によって弾かれた影響で体感的には一瞬に感じていた時間も、現実ではそれなりに経ってしまったらしい。早く行かないと、皆が待ってる。俺達は全力で体育館に走った。
 そして漸く辿り着いた体育館。中の様子は扉が閉まっていて窺えない。

「入ろう」
「はい」

 会長に続いて、二人で入り口の扉を開ける。すると、舞台に居た生徒達が一斉に此方を見た。一瞬その迫力に気圧されるが、会長は気にせずそのまま中へと入っていく。それに釣られる様に俺も皆も会長の元へ向かう。そして中央まで進んだところで、会長がその足を止めた。

「安河内くんに、白河会長!?」
「何で白河様が此処に!?」
「え、ほ、本物か?」

 俺はともかく、会長が此処に居るのが皆信じられないのだろう、疑いの眼差しを向ける者までいる。連れてきておいてなんだけど、皆になんて説明すればいいのだろう。でも皆に何も言わないのもな。こんなに迷惑をかけたんだし。俺も黙って居なくなってしまった訳だし。
 そう思い何とか言葉にしようと口を開いた瞬間、俺を制する様に会長が腕を上げる。その先を辿り、会長の顔を見ると、会長は小さく笑みを浮かべていた。そしてそのまま、皆に向かって頭を深く下げた。


「すまなかった」
「――!」


 皆、会長の謝罪に息を呑んだ。

「俺は一度、此処を捨てた。自分の仕事を放棄した。そのせいで、皆には迷惑をかけた」
「……」
「そんな俺が頼むのはお門違いなのは分かっている。だが、もう一度チャンスをくれないか。俺に、あの舞台に立つチャンスを、どうか……」

 そう言って頭を下げる会長を、皆驚いた顔で見つめる。こうしてはいられない。俺も会長の横に立ち、深く頭を下げた。会長が小さく「宗介…」と呟いたのが聞こえたが、俺は頭を下げ続けた。

「遅れてしまって本当にすいません!でも、どうしても会長を含め、皆で劇がしたくて、俺達っ」
「主役二人が抜けるなんて、ホントいい迷惑でしたよ」

 言い訳がましい俺の言葉を遮って、監督を務める先輩が吐き捨てる様にそう言った。その冷たい声に一瞬心を痛めるが、俺に出来るのはこれ位しかない。誠意が伝わるまで、何度でも頭を下げ続けよう。本当にすいません!と声を大にして謝ると、その先輩が「で?そんな所で何してるんだ」と先程とは打って変わっていつも通りに声を掛けて来た。
 会長もそれに気付いたのか、目を丸くしてその人を見ていた。

「謝るより先にやることがあるでしょう?」
「やること?」
「俺らに謝る暇あるならさっさと着替えて来い!もうリハの時間ないんだよ!」
「え……?」

 あー忙しい忙しいと言って俺達に背を向けて行ってしまった先輩を呆然と見ていると、周りの生徒達も自分の持ち場に戻ろうとしていた。皆、顔に笑顔を浮かべながら。

「やっぱ会長戻ってきましたね、信じてましたよ」
「衣装もばっちり合わしときました!」
「台詞は忘れてないか?着替えながらでいいから確認してくれ」

 温かな言葉の数々が会長に浴びせられる。会長もその様子に信じられないといった顔をしていた。けど、俺まで何だか嬉しくて笑顔になってしまう。

「皆、信じて待っててくれたんだ」
「……ああ」

 小さく呟いた会長の横顔を見上げる。その瞳はユラユラと揺らめいていて何だか綺麗だ。そしてその顔に小さく笑みを浮かべると、噛み締める様に言葉を紡いだ。


「こんなにも、幸せなんだな」


 待っててくれる仲間が居るのは。
 その言葉に、俺は深く頷いた。





 開演まで後二時間。俺達は超特急で支度を済ませるべく、舞台裏へと足を運んだ。
 会長とはそこで別れ、俺の目の前には目を吊り上げた生徒が立って居た。

「ほら!アンタもこれさっさと着てよ」
「ああ、ありがとう」

 衣装の子が、俺にあの王子の衣装を渡してきた。これ着るのホント苦労するんだよなぁと言うのが顔に出ていたのか、その子がそっぽを向きながら「僕も手伝うから早く脱いで」と言ってきた。

「手伝ってくれるのか?」
「そう言ってるでしょ!早くして!」

 プリプリ怒るのは相変わらずだが、彼とも衣装の関係で結構話すことが増えた。何だかんだ面倒見のいいタイプの様で、俺は結構助かってる。衣装に袖を通し、後ろは見えないからその子に色々直してもらっていると、小さく、本当に小さくその子が呟いた。

「ありがと」
「え?」
「白河様、連れて来たの、アンタでしょ……だから、ありがと」

 チラリと後ろを覗き見ると、その顔は赤く染まっていた。俺なんかにお礼は言いたくないだろうに、それでも律儀に言う所は何とも男らしい。

「いや、俺は何もしてないよ。決めたのは、会長だ」
「……え?」
「でもありがとう、そう言ってくれて嬉しい」
「――!」

 そう言ってくれるだけ、俺が行ったのは無駄じゃないって思えるから。そう思って笑ったのだが、その子は再びフンっとそっぽを向くと、俺のマントで顔を隠す様に作業を続けた。

「う、自惚れないでよね。白河様が戻って来てくれて嬉しいだけだから!」

 と言いながらも、耳が赤いのが見えて、俺は小さく笑った。素直じゃないのか何なのか、とにかく面白い子だなと率直に思った。もっと色んな話出来ると言いなぁ。そんな事を呑気に考えながら。
 だが、そんな話を二人でしていたせいか、俺は全く気付かなかった。頭上で行われていた背景の吊り上げ作業、その内の一本のワイヤーが切れかかっているのに、その場の誰も気づいていなかった。
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bkm