45
俺達が過去の記憶から出た時、母の夢を見た気がした。それはあくまで夢であって、本当なのかは分からない。けど、やけに鮮明だったのは憶えている。
(ふふ、これも運命なのかもしれないわね)
(何がですか?)
(貴方が光を宿して、あの子に出会ったことが)
(……)
(でも、もしそれが、その出会い自体が図られたことだとしても)
(え……?)
(貴方たちなら絶対乗り越えられるって、信じているわ)
(母さん?)
(負けないでね、晃聖。あの人よりも負けないガーディアンになって)
(……俺は彼のガーディアンにはなれないですよ)
(いいえ。そんな事ないわ。だって、貴方はもう――)
*
「本当にすいません!!!!」
「いや、気にするな」
俺は土下座の勢いで会長に頭を下げた。会長はそう言って面白そうに笑っているが、俺は若干涙目だ。
「此処は、何処だろうな」
「うっ」
「見たところ緑に包まれている、山か?」
「うぐっ」
「あそこには川があるな」
「ぐあっ」
「はは、大分田舎に飛んで来たな」
完全KOとはこの事かもしれない。俺は膝をつき、自分の無能さを呪った。
(連れて行ってくれ)
そう言って俺の手を掴んでくれた会長が嬉しくて、俺は急いであの部屋の窓から飛び出した。冥無学園に帰る為に。しかし結果はこれだ。辺り一面木に囲まれ、下の方には川がある。一体何処をどうしたらこんな所に来れるんだ。
「まだ時間はある。そう落ち込むな」
「会長……」
「第一、行きは完璧に来れたんだ。帰りがダメなんて事はないだろう」
「でも、行きは凪さんの手助けもあったお蔭で来れたので……」
「凪の?」
そう、実際一回目は失敗に終わった。その現場を凪さんに見られて、それから凪さんの指示に従って俺は会長の家に行くことが出来たのだ。
「成る程……」
「会長?」
「今の瞬間移動の魔導は、そのイメージ通りなのか?」
「はい。同じように、やったつもりです」
飛び出したのは確かだけど、ちゃんとイメージは働かせていた筈だ。なのに失敗するなんて。俺ってホント魔導にムラがあるんだな。落ち込む一方の俺だが、会長は思うところがあるのか、顎に手を当てたままジッと考え込んでいた。
「あの、どうしました?」
「もう一度、やってみてくれないか?」
「え?」
「確かめたいことがある」
すると会長がそう促してきた。確かめたいことが何なのかは気になるが、会長がそう言うんだ。きっと何かあるのだろう。俺は言われた通り、会長の手を握り、今度はその場で目を閉じる。此処には扉になるものがないから、俺のイメージだけで発動しないといけない。でも凪さんは、何もない空間から移動は可能だと言っていたんだ。きっと出来る。意識を集中させ、俺は深く息を吸い込み、吐き出す。そして強く思う、冥無学園を。
その瞬間、身体を浮遊感が襲い、一瞬足元がなくなる感覚を味わう。しかしそれも一瞬で、気付けばまた何処かに転がされていた。俺は急いで顔を上げ、辺りを見る。
「え?」
「……」
ザザザァッと波の音が俺達の耳に届く。そう、目の前に広がるは海。山の次は海か。
「す、すいません。また俺…」
「ふっ、成る程な。余程俺達の邪魔をしたいらしい」
「え?」
会長が徐に立ち上がり、薄らと笑みを浮かべた。その目に、怒りを宿して。
「学園から誰かが邪魔をしている」
「え?」
「それはお前の魔導を弾く程強力だ。このままいくらやってもただの堂々巡りになるだけだろう」
「そ、そんな……」
一体誰が俺達の帰りを邪魔すると言うんだ。でも、確かにイメージ通りに行かない。まさか邪魔されているなんて思いもしなかった。
「でも、どうして邪魔しているって分かるんですか?」
「お前が魔導を発動させた時、一瞬他者の力を感じた。恐らくは学園に結界でも張っているのだろう」
俺が魔導でいっぱいいっぱいな時に、会長はそんなものを感じ取っていたのか。
「結界に弾かれるから思わぬ場所に飛ばされているんだ。お前のせいじゃない」
そう言ってポンッと頭を撫でてくる会長を思わず見上げる。何と言うか、本当に雰囲気がガラリと変わった気がする。よく笑うのがその証拠だ。
「で、でも一体どうしたら……」
「その為のガーディアンだろう?」
「え?」
その為のガーディアンって一体どう言う意味だ?
訳が分からず首を傾げる俺を余所に、会長が携帯を取り出した。その瞬間、理解した。
「あそこには仲間がいる。アイツらを信じよう」
*
「安河内くんが居ない!?おいおいどうすんだよっ。白河様も居ないのにどうやって劇をすれば……!」
慌ただしく舞台の準備をする皆の表情が曇った。そう、主役が居ないのだ。何処を探しても。俺はそんな皆の様子を入り口から覗き見て、踵を返した。
「……チッ」
思わず舌打ちが漏れる。そう、文字通り何処にも居ない。俺の主が、何処にも居ない。
「宗介の、馬鹿」
いや、分かっている。晃聖を迎えに行ったと言うことは。凪からも朝聞いた。まあ何となく予想はついていた。宗介と晃聖が一緒に演劇をすると聞いた時から、こうなることは。けど俺が言いたいのはそう言う事じゃない。
一緒に連れて行ってくれなかったのが悔しい。俺を頼ってくれなかったのが悔しいんだ。
(まあ宗介のことだから、一人でやらないとって思ったんだろうけど……)
そう心では分かっていても、中々割り切れない思いもある。
しかも今日は無月祭だ。周囲が賑わい、凪も番人の役目でとても忙しそうにしていた。俺はそんな中宗介と一緒に回りたいなと考えていたのに、当の本人が居ないんじゃそれも叶わない。まあ、俺と同じ思いを抱えるのは、俺だけじゃない訳だから、二人で回る訳にもいかないんだけどね。
「宗介のばぁか」
それでも、何だか今回は晃聖に宗介を取られてばかりで面白くない。思わず零れ出る溜息に欝々して来た時だった。ポケットに入れた携帯が鳴っている。誰だろう、凪かな。
そう思って携帯の画面を見る。
「――晃聖?」
思わぬ人物からの着信に、俺は目を瞠った。