44
でも、俺の気のせいかもしれないが、今の会長は先程とは違って何処か雰囲気が変わった。勿論良い意味で。それが何故なのかは分からないし、本当に気のせいかもしれないが。
「あ、あの、会長っ」
「――晃聖様!!晃聖様、いらっしゃるんでしょう!!」
「……!」
するとその時、ドンドンと部屋の扉が叩かれ、俺も会長も勢いよく部屋の入口に目を向けた。どうやら夜が明けたのを見計らって会長の様子を見に来たのだろう。よく見れば、もう完全に朝が来ていた。チラリと時計を見ると、既に時刻は六時を回っている。
マズイ。いくら演劇が午後からやると言っても、まだ会長を説得できてもいない。と言うか断られたよな。早く帰れとも言われた。つまり、やっぱ会長は俺と一緒には帰ってくれないと言うことだ。俺、何しに来たんだろう。ただ家のことに首突っ込んでグダグダにしただけな気がする。でも、もう行かないと。時間がない。
「すいません、会長、俺……」
「――行くぞ」
「え?」
とにかく夜のこと謝って、それから勝手にお母さんの記憶見ちゃったこととか、謝る事が沢山あり過ぎてどれから頭を下げようか悩む俺の手を、会長がとる。訳が分からず思わず首を傾げた。
「え、あの。この手は一体…」
「連れてってくれるんだろう?」
困惑する俺を余所に、会長は薄ら笑みを浮かべ俺にそう言った。
「連れて行くって……」
「冥無学園に行こうと言ったのはお前だろ」
「――!」
その言葉に、先程自分が自信満々に言いながら窓から飛び出したのを思い出した。確かに言ったな。でもあれは過去の冥無へ行こうと言った意味だったんだけど。え、でも今会長、行くぞって言ったか?
「一緒に、来てくれるんですか……?」
信じられない気持ちで会長を見る。どう言う心境の変化なのか俺にはサッパリだ。けど、会長はもう心が決まっているのか、深く頷き俺を見据えた。
「――お前が一緒なら」
共に行くのも、悪くない。
そう笑う会長の目は、とても優しい目をしていた。
*
あの時、真っ暗な闇に消えていく母は、笑っていた。
俺が好きだった、あの笑顔で。
『愛しているわ晃聖』
確かにそう言って笑ったんだ。
俺を憎み恨んでいると思っていたのに。
貴女から、愛されはしないと、思っていたのに。
「幼い俺が伸ばせなかったこの手、闇へ遠ざかる母に向って伸ばしたこの手は、今度こそ母に届いたんだ」
その証拠だってほら、此処にあるんだ。
そんな俺を見上げる黒い瞳を見つめながら、俺は笑う。
「現金なヤツだな、俺も」
母が俺にくれたもの。
それは憎悪でもなければ、責でもなかった。
そう、母が俺に残してくれたのは――自由。
最後に感じた俺の中で弾け飛んだものは、自身を縛り付ける鎖だったんだ。
「これで、どこまでも行ける気がする」
だから、連れて行ってくれ。
お前が手を引いてくれたなら、俺は更に先へ行ける気がする。
今なら、その先の未来を見たいと言えるんだ。
――なあ、偉大なる、ナルよ。