伝説のナル | ナノ


40

 佇む会長のお母さんの視線の先には、大きな竜の石像が聳え立っていた。だが今の冥無にこんな物は無かった筈だ。俺が首を傾げている姿を見てか、会長が俺に分かる様に説明してくれた。

「あれはラグーンの石像だ」
「ラグーンの石像?でも、今の冥無には……」
「ああ。今はない」
「何処かに移したんですか?」
「いや、ある日突然消えてしまったらしい。大変貴重な物らしく捜査も行っていたそうだが、未だに見つかっていない」

 それは盗まれたと言うことなのだろうか。貴重だからきっとそれなりに値も張って売ったらいい値段が付きそうだけど、そんな事したらすぐに足がつくよな。じゃあ何の為にその人は石像を盗んだのだろう。

「何でもアレは、ラグーンの封印を解くには必要なものらしい」
「ラグーンの、封印?」

 ラグーンは初代のナルが召喚したって言う破壊竜のことだった筈だ。それの封印を解くとはどういう事だ?

「ラグーンは初代のナルによって召喚され、その絶対的力を崇められたのと同時に、この世界にその心と身体を封印したと聞く」
「な、何故そんな事を?」
「それは俺にも分からない。それに、あくまで空説でしかない」
「そうなんですか…」

 ジッとその石像を見つめる会長のお母さん。その後ろで、俺は同じようにその石像を眺める。何だろう、何でか目を奪われる。そんな思いで石像を見ていると、動く筈のないその石の目が俺を捉えた気がして身震いした。それと同時に、頭の中でフラッシュバックする夢。


『――ミツケタ』


 その瞬間、また風景が変わる。
 けど俺はその場から動けなかった。冷や汗が止まらない、心臓がバクバク脈打つ。

「……大丈夫か?」
「えっ?」
「顔色が悪い」
「あ、はい。平気です。気にしないで下さい」

 顔を覗き込んで来た会長にそう言われ、俺は慌てて笑みを浮かべた。下手くそな笑みを見てか、会長が怪訝な顔で俺を見るが、俺はこれ以上心配かけまいと引き攣りそうな笑顔を浮かべ続けた。
 何であの夢を思い出すんだ。よりによって今。

「だが……」
「――私ね、此処に子供を連れてくるのが夢なの」

 尚も俺を気にかけてくれた会長だったが、突如聞こえて来た言葉に口を閉ざした。俺もその声に反応してそちらに顔を向けると、仲の良い友達同士、お昼を食べる会長のお母さんがそう口にしていた。

「お母さんはこんな素敵な場所で育ったのよって、見せてあげたいな」
「ヒカリ……」
「此処には、私の青春の全てが集まってる。それをいつか生まれてくる子に伝えたい」

 静かに、そして穏やかに笑うその人から、俺も会長も目が離せなかった。その伝えたい思いはちゃんと会長に伝えられたのだろうか。会長のお母さんから、会長へ視線を移そうとした時だった。

「突然何の話かと思ったわ。振られてどこか可笑しくしたのかと」
「あら、酷いこと言うわね」
「でもヒカリならすぐ結婚して子供出来るわよ!あの子のことはすっぱり諦めて次よ次!」
「そうね……」
「まあ仕方ないわ。『命に代えても護りたい、運命の人が居る』とか格好良く言われたらもうお手上げよ」

 そう言った瞬間、風景が変わっていく。また次の場面に移るようだ。あんな綺麗な人でも振られてしまうことがあるのか。何だか人のそう言う話を聞くと気まずい。しかも会長のお母さんの話だし。会長に何と話しかければいいのか分からず、取り敢えず当たり障りのない話をと思って横を見ると、そこには誰も立って居なかった。

「っ、会長?会長!何処ですか!?」

 まさか、はぐれた?
 予期せぬ事態に慌てる俺を余所に、風景がまた映し出された。どうしよう、会長は一体何処に……。

「――浩幸!」

 その時、声がした。それも知っている人によく似た声。俺が徐にそちらへ目を向けると、正門に続く通路にある噴水に誰かが腰掛けていた。その人物に歩み寄る男性が一人。そう、その人は前に那智先輩の記憶で見せてもらった時とあまり変わらない。

「剛さん……」

 そして、その若かりし剛さんに呼び掛けられた男の人は、風で靡く黒髪を払いながら笑った。


「やあ、兄さん。俺に何か用?」

[ prev | index | next ]

bkm