伝説のナル | ナノ


39

 強い力に引き寄せられる。だがそれも一瞬の事。
 闇を抜け転がり出た先は、自分たちがよく知る場所。

「安河内くん……一体何を……」

 俺がいきなり手を引いて窓から飛び出したせいで、会長は表に出さずとも困惑している様だった。

「あの、すいません。俺っ」
「――待ってよー!」

 慌てて説明しようとしたその時、遠くから声がした。それも女の子の声。俺も会長もそちらに反応して顔を向けると、女生徒が俺達の方へ走ってくる。

「っ、あれは…」
「ちょ、危な…い…?」

 勢いを緩めずこちらに向かってくる女の子を見て、会長は酷く驚いた顔をした。そして俺はぶつかると思って女の子に注意を呼びかけたのだが、驚くことに女の子は俺達をすり抜けて走って行った。言葉通り、すり抜けた。俺達の身体を。
 よく見ると、俺達の身体は透けていた。

「え?今のは……」
「あれは十年以上前の冥無の制服だ。それも女子生徒用の」
「――!」

 俺もこの前会長に聞いたばかりだけど、冥無学園は元々十年前まで共学だったそうだ。今でこそ男しかあそこにはいないけど、学園からそう遠くない場所に女子が集まる冥無があるらしい。何でそうまでして冥無を分けたのだろう。別に共学でも問題ないと思うんだけど。
 まあ、それはさておき、此処にその制服を着ている女子が居ると言うことは――。

「成功、したんだ」
「え?」

 本当に衝動的だった。あの声を聞いて行かなくちゃと思う気持ちが強くて、でも今なら出来ると思って飛び出した。

「過去の冥無学園に、来れたんだ……」
「――!」

 そう呟く俺に、会長が酷く驚いた顔をした。そりゃそうだよな、突然過去の冥無に連れて来ましたなんて、言われても信じられない。

「あの、でも、此処は本当に冥無で!」
「時を渡る魔導……いや、これは、記憶を垣間見る魔導か?」
「え?」

 会長がブツブツと何かを言っている。俺は意味が分からず首を傾げるが、そんな俺を見て、会長が真剣な表情で俺に問いて来た。

「記憶を読む魔導はかなり高度な魔導だ。今では使える者も居まい。お前は、何処でこれを――」
「ヒカリ!」

 その時だった。
 さっき通り抜けた女子生徒が、誰かの名前を呼んだ。ヒカリさん?誰だろうとぼんやり思う俺とは違い、会長はそちらの方へ勢いよく顔を向けた。その目が見る見るうちに見開かれていく。

「会長?どうしたんです?」
「これは、誰の記憶なんだ……」

 え?と聞き返す俺に構わず、会長はその女生徒たちをぼんやり見つめながら呟いた。

「……ヒカリは、俺の母親の名前だ」

 その言葉に、俺は徐に会長が見つめる生徒達を見る。そこに立つ女生徒は、握られた写真の中に映る女性と瓜二つだった。





「もうヒカリったら、先行かないでよ」
「ふふ、ごめん」

 女性らしい、華やかな雰囲気を醸し出しながら歩く二人の後ろを、俺達は黙ってつけていた。どのみち俺達の姿は他の人には見えないみたいだし、後ろをつけても何も言われない。けど、目の前で笑う女生徒を見つつ、俺は会長にも目を向けた。
 うん、やっぱり会長に似てる気がする。だとすると、本当にこの人は会長のお母さんと言うことになる。まさか飛んで行った先が会長のお母さんの時代だとは思わなかった。会長自身がこの事態をどう受け止めているのか、俺は聞くに聞けなかった。連れて来たのは俺だから、どうにかしないといけないのに。
 行き当たりばったりな自分に嫌悪しながら、俺は前の二人の会話を聞いていた。

「そう言えば、今年凄い子が入ったみたいね」
「あー知ってる。みんなが格好いいって騒いでたよね」
「名前は何だっけ?確か、安河内――」
「え?」

 自分の苗字を呼ばれた気がして俺は声を漏らしたが、その瞬間風景がザザザッと途切れ、別の場所に変わっていく。この感じ、那智先輩の記憶を見た時と同じだ。

「今、安河内と言わなかったか?」
「俺にもそう聞こえました……」

 それだけ言って、会長は何かを思案するように黙り込んでしまった。
 父さんも剛さんも冥無の出だと言うのを思い出し、俺は何となくソワソワした。安河内なんて苗字、大分珍しいと思うんだけど、人違いなのかな?そう思いつつ、もしかしたら此処に父さんが居るかもしれないと思うと、何だか変にムズムズする。思わず頬を掻いていると、次の風景が徐々に露わになっていく。そうだ、今は俺のことより会長のお母さんのことだ。
 今一度気を引き締めた俺は、現れた風景のその先で佇む会長のお母さんを、会長と一緒に黙って見つめた。
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bkm