伝説のナル | ナノ


38

「答えを探し続ければ、きっとあそこに留まれる。だから俺は探し続けた」

 答えが欲しいのは真理だ。俺にはまだ生きる価値があるのだと証明するにはそれしかないから。けど、あそこに居たいと思う自分の気持ちも、また真理となった。責と自由、二つの思いに板挟みになった俺は分からなくなった。もうどうすればいいのか分からない。

「俺は、俺にチャンスをくれた父の思いを踏みにじった。父が俺を待ち続けているのを知っていて、俺はあそこに留まり続けた」

 しかし父と兄がやって来て、俺は自分のしていることの浅はかさを知る。
 俺のしていることは、単なる俺の我儘だ。此処に留まりたい、それだけの為に責からも逃れようとしている自分が居る事を、父には見せたくなかった。それを知られれば、きっと父は幻滅する。そうしたら俺は白河の人間として生きて行けなくなるかもしれない。

「白河としても生きて行けなくなったら、一体俺に何が残るのだろうと……」

 ――そう、何も残らない。俺にはもう、何もない。

「怖いんだ。俺は、責から逃げる事も、自由がなくなる事も、仲間を失うことも、白河として生きられない事も、何もかもが怖い」

 矛盾しているのは分かっている。全部欲しいなどと自分勝手な事を言っているのは分かっているんだ。けど、臆病な俺には止められなかった。そんな浅ましい自分までも、恐怖に感じながら。

「お前の言う通りだ。逃げたんだ、俺は」
「……家からでも、冥無からでもない。会長が本当に逃げ続けていたのは、自分自身からだったんですね」
「ああ」

 もう疲れたんだ。もう何も見えない。こんな俺に、端から答えなど見つけ出せるはずはなかった。けどせめて、せめて自分の背負うものからは目を背けず生きなければならない。

「此処に戻れば、嫌でも過去の記憶が戻ってくる。その記憶が苛めば、俺はもう逃げられなくなるだろう」

 だから俺は戻って来た。全ての始まりである、この白河の家に。

「もう分かっただろう。俺は卑怯で臆病な最低の人間だ」
「……」
「お前に気遣ってもらうほど、価値のある人間ではない」

 けど、素直に嬉しかった。俺を迎えに来てくれる人が居る事が。それが彼だったのが、また嬉しく思う。何故だろう。何処か自分に似ているから?いや、彼は俺の様に弱くない。だが少ないあの時間で彼と過ごした時間は、俺にとって掛けがえのない時間となったのは確かだ。
 だから、此処までだ。彼と一緒に居ると、思い描いてはいけない未来まで見てしまいそうになるから。

「もう、帰るんだ」
「……」
「那智や凪が心配しているぞ」

 さあ、と彼の帰りを急かす。しかし、彼は全く口を開かない。それどころか、顔を俯かせてジッとその場に立っている。不審に思い、俺が一歩彼に近付いたその時だった。勢いよく顔を上げた彼は、真っ直ぐにある場所を凝視していた。
 ――そう、綺麗な真紅の瞳で、俺と母が写る写真立てを見ていた。





 俺にも分からなかった。だから、どうするのが一番いいか分からない。
 ポツリポツリと会長が自分の事を話してくれるのは、きっとこれが最後だと決めているからだろう。でも、会長がどんだけ腹を括ろうとも、俺は素直に頷くことは出来ない。
 どうすれば、俺の思いを伝えられるだろう。そう考えた時だった。

≪――冥無へ≫

 突如頭の中で響いた女の人の声。微かな、もしかしたら幻聴かもしれない位小さな声。けどその声は幻聴なんかじゃない。再び、その声が俺に届いた。

≪過去を辿って、どうか――≫
「…………私の元へ」
「どうした?」

 会長が俺の顔を見て驚いているが、俺はそれよりも今の言葉が気になった。『過去を辿って、どうか私の元へ』と彼女は言った。その言葉に導かれるかのように視線を向けた先には写真があった。ゆっくり、その写真へと近寄って行く。
 後ろで会長が心配そうにしているが、俺はそれを気にせず、写真を手に取った。

「安河内くん、何を……」
「――行きましょう、会長」

 何処へ?と目を瞠る会長の手を掴んで、俺は写真を今一度見る。きっとそこでなら、俺の言葉も伝わると、何故か確信めいた自信がある。そしてきっと、会長の為にもなると思った。


「冥無学園です」


 え?と呆気にとられた会長の手を引き、俺は大きな満月が見える窓へと走る。
 写真を持って、彼女の言葉通り、過去の冥無を強く思って――俺は会長と一緒に窓から飛び出した。
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bkm