伝説のナル | ナノ


36

「お前が?何の為に?」

 俺の返答に驚いたのか、会長は少しばかり目を瞠った。確かに出会ってそう経ってない、寧ろ演劇を通して漸く話す様になった俺達なのだから、会長のそう言う反応は当然の事だ。那智先輩や耀だったら、こう言う反応はしないだろうな。少しだけ寂しさを覚える。
 でも俺は決めたんだ。もう迷わないって。

「その前に……この間は、失礼しました」
「何がだ?」

 頭を下げる俺に対し、何のことか分かっていないのだろう。会長は首を傾げた。

「勝手な事を、言いましたから」
「……」

 それで漸く俺が、この間会長に会った時に言った事を謝っていると気付いたようだった。会長は何を言う訳でもなく、ただジッと俺を見ていた。

「それで、会長に『だからどうした』と言われて、俺色々考えたんです。なんで俺はあんなこと言ったのか。それを言ってどうしたかったのか」

 でもそうじゃないんだ。那智先輩に言われて、漸く俺は自分の本心に気が付いた。

「俺……会長と、皆と、演劇を成功させたいです」
「――!」
「俺、初めてだったんです。演劇に出たの。中学までは、俺にそう言う話は一切来なかったので」

 そう言う話どころか何にも手を出させてもらえなかった。でも、俺だから仕方ないのかと諦めていた。ほんの少しの羨望に気付かないふりをして。

「高校に入って初めて、皆と一緒に何かを成し遂げる楽しさを教えてもらいました。勿論、此処でも同じです」
「……」
「俺を嫌に思っている人も居ると思います。でも、ちょっとずつ、皆声を掛けて来てくれるようになりました。頑張れって、言ってくれる人が増えて来ました」

 だから嬉しかった。遠くから楽しそうに笑う皆を見ていたあの時とは違う。自分が輪の中に入っていることが、その中で頑張れるのが、凄く嬉しかったんだ。

「そんな演劇だからこそ、俺は、一人も欠けることなく成功させたい」
「安河内くん…」
「だってあの演劇は、俺や皆だけじゃない。会長が『頑張った』証でもありますから」
「――!」

 俺の言葉に、会長が目を見開いた。

「頑張った証…?」
「会長は言いましたよね。頑張る理由は無くなったと。けど、俺には会長が頑張ることを止めているようには見えませんでした」

 しかし何のために頑張るのか、その理由はない。では何故頑張る事を止めないのか、俺はそれが気になっていた。ずっと。

「もしかして、答え、見つかったんですか?」

 だから頑張る事が出来る?そう思った俺に、会長が苦笑した。そして、静かに首を横に振る。

「そうじゃない、そうじゃないんだ」
「……?」
「俺は、ただ怖いだけだ」

 月明かりの下笑う会長は、何故だかとても寂しそうに見えた。


「頑張る事を止めたら、それまでの気がしたから」


 ――今まで積み上げて来た何もかもが、母と一緒に無くなってしまう気がして。ただそれだけが、怖かった。
 そう言って自嘲気味に笑う会長の言葉を、俺は静かに聞いていた。正しく、これが会長の本心だと悟ったから。
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bkm