伝説のナル | ナノ


35

「行きつく先…?お前は一体どこに辿り着いたんだ?」

 静かな声で問い掛ける親父さんに、会長がはっきりと告げる。

「俺は、とても恵まれました」
「恵まれた…?」
「考えもしなかった。皆に頼られ、それを支えてくれる仲間たちにも出逢える、そんな¨普通¨の生活が送れるなど、白河として生きていく以上ないと思っていましたから」

 俺には白河の人間として生きていくことの意味は分からない。けど、那智先輩が悩んでいたように、きっと会長にも名家としての苦労が色々あったのだろう。

「冥無は、俺に自由をくれた場所です」
「……」
「答えは確かに見つかってません。けれど俺は、仲間と出逢えたあの場所を、無駄とは思っていない。例え父さんであろうと、俺の過ごした時間を貶すのは許さない」

 そう言って会長は、強い眼差しで親父さんを見る。ジッとそれを聞いていた会長のお父さんは、その言葉に少し眉を寄せ、小さく呟いた。

「では何故だ。何故私の言う通りに白河の家に戻って来た」

 俺は会長の横顔を盗み見た。感情を読み取らせないその表情からは、会長が何を思っているのかは分からなかった。しかし会長は、少し間を空けると、不意に俺に視線を寄越してきた。盗み見ていた俺と見事に目が合う。

「――彼の言う通り、ですね」
「え?」

 不意に会長が俺に向って笑いかける。俺の言う通り?一体どう言うことだ?俺が首を傾げる様子を見て、また薄く笑った会長は、そのまま俺の腕をとった。

「え、ちょ、会長…?」
「っ、待ちなさい!晃聖!」

 そしてあろうことかそのまま出口に向かって歩き出した。慌てる俺、呼び止める親父さん、その声を全て聞き流して、会長は部屋を出て行く。

「会長!?ど、何処へっ」

 薄暗い廊下を足を止めることなく俺の手を引いて歩く会長の背に声を掛けるも、会長から返事はない。しかも俺の前を歩いている為、表情が窺えない。戸惑う俺は、黙ってついていくしかなかった。そして程のなくしてついたのは、廊下の突き当りの部屋の前だった。

「此処は…」
「俺の部屋だ。入ってくれ」
「えっ」

 そう言って会長は扉を開け、俺の手を引きながら部屋の中へと入っていく。暗闇に包まれる部屋は、月明かりのみで照らされている。

「あの、か、会長…」
「――那智か?」
「え?」

 俺の呼び掛けを遮り、会長がそう問いかけて来た。だが質問の意味が分からず思わず首を傾げる。

「那智先輩が、何ですか?」
「アイツに何か言われて此処に来たんじゃないのか?ああ、それとも凪か?」

 あの兄弟は無駄にお節介だからな。
 そう言って呟く会長は、窓の外を遠い目で見つめていた。成る程、会長は俺が此処に来たのは二人に言われたからだと思っているのか。俺は静かに首を振った。

「いいえ。違います」
「……」
「誰かに言われたからじゃない。俺は、自分の意志で此処に来ました」

 満月の光で照らされる部屋の中、俺と会長は向き合っていた。
[ prev | index | next ]

bkm