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自分の意志……確かにそうなのかもしれない。
俺は会長のお父さんの言葉をジッと聞いた。
「そもそも晃聖が冥無に行くことを、私は良しとしていなかった」
「はい。それはお聞きしました」
「だがあの子がどうしてもと言うから、送り出したのだ。あくまで魔導士の知識を吸収させるために。あそこには、それ以外に何の価値もない」
「っ、そんな事ない!」
あまりの言い草に思わず声を上げた。そんな俺を会長のお父さんは無表情に見つめる。俺は冷静になろうと深く息を吸い込んだ。駄目だ、怒りに身を任せては。
「冥無は、冥無学園は、貴方が言うような場所じゃない」
「口先だけなら何とでも言える」
「あの場所だけなんだ!会長が答えを見つけられる場所は!」
「……」
俺の声に、相手からの返事はない。無視されているのかと思ったが、そうではない。それどころか、先程の無表情さから一転して徐々に目を吊り上げていくのが分かった。
「五年」
「え?」
「あの子が冥無に入ったのは五年も前……あの子が中学生の頃だ」
「――!」
「そして今はもう、あの学園を卒業する年になった。それで?キミの言う答えとやらは、いつ見つかるのかね?」
「そ、それはっ」
言葉に詰まる俺を、会長のお父さんが厳しく見つめる。
「あの子が、母親の為に常日頃から精進して来たのは分かっている」
「……」
「だがあの子の頑張りも虚しく、母親は亡くなった。そして、その死が今もあの子の枷であり、あの存在が糧でもある」
会長のお父さんの言葉に、正直俺は驚いた。何にも、周りなど顧みない人だとばかり思っていたから。この人は、ちゃんと会長を見ているんだ。
「晃聖が苦しんでいたのは理解しているつもりだ。だからあの子の満足のいく答えを得られればと、あの子たっての希望である冥無に行くことを了承した」
「勉強の為だけじゃなくて…」
会長のお父さんも、同じ気持ちだったんだ。俺と同じ思いで、会長を送り出したんだ。早く会長の求めるものが見つかる様にと。でも、時が経っても、答えは得られていない。
「こんな事なら、もっと早くに違う学校に行かせるべきだった。答えが出るまで、何度でも何度でも。あの子には無駄な時間を過ごさせてしまったと申し訳なく思っている」
「…っ」
――無駄?今まであの学園で過ごしてきた時間が、無駄?
その言葉だけは、俺の思いとは違う。
「無駄なんかじゃない…」
「いいや、無駄だよ」
「違う!」
「何が違うと言うんだ」
息を荒くして怒鳴る俺を、ジッと見据えてくる。俺はその深く蒼い瞳を見つめ返し、会長のお父さんに向って叫んだ。
「冥無での生活を無駄かどうかを決めるのは貴方じゃない!会長だ!」
「その晃聖が、冥無の暮らしに見切りをつけて戻って来たじゃないか」
「っ、貴方は本当にそう思っているんですか?」
俺の言葉に、会長のお父さんが一瞬眉を上げる。
「どう言う意味だね」
「……会長が、今まで頑張って来た理由を、知ってますよね」
「ああ。母親の為だ」
「その頑張りを、貴方は認めていたんですよね」
「勿論だ」
「ではそれを、直接会長に言った事はあるんですか?」
「――!」
驚く会長のお父さんを見つめながら、俺は練習中会長と会話した時の事を思い出していた。
『会長、何だか楽しそうですね』
『そうか?』
『はい。前にもまして練習に熱が入ってますし』
『そう、なのだろうか。あまり気にしたことが無かった。……もしかしたら無意識、なのかもしれない』
『……?』
『もう此処の所ずっと訪れてこないし、当日も来ないだろう。だがこの劇を、見て欲しいと思う人が居たんだ』
『見て欲しい人、ですか?』
『ああ。その人に、見せたいものがあったんだ』
そう言って、目をイキイキと輝かせ語る会長の顔を、俺は一生忘れないだろう。
「誰の事かは、分かりますよね?」
「……」
「会長が見せたかった人って、貴方の事ですよね?」
何を見せたかったのか、俺が最後にそれを聞く前に会話が途絶えてしまったから、結局は聞けずじまいだった。けど、会長が見せたかったのがこの人だと言うのは、俺にも何となくわかった。
「会長は、あの劇を通して、貴方に何かを伝えようとしてたんじゃないんですか?」
「何を…?」
「それは俺が答える事ではないですよ」
頭を横に振り、俺は会長のお父さんをしっかりと見据えた。
「それをくだらない茶番だと切り捨てたのは貴方です」
「――っ」
「母親の為に頑張って来た会長が、もう頑張る必要は本当はない筈です。それでも尚頑張る理由を探すのは、頑張り続けるのは、貴方に――」
「もういい」
グッと、後ろから口を塞がれ、俺の話は途中で止まった。だがそれよりも、俺は自分の口を塞ぐ人に意識が行った。俺がそれ以上話さないと分かったからだろう、ゆっくりと俺の口元から手を離すその人を、俺は呆然と見つめた。
「白河会長…」
俺を無表情に見下ろすその様は、何処か会長のお父さんを思わせた。やっぱり親子なんだなと、心の片隅で思った。