伝説のナル | ナノ


30

 転がり出た先は、見知らぬ広い廊下だった。薄暗い廊下、明りは外から入る月明かりだけだ。俺は徐に立ち上がり、辺りを見渡す。うん、冥無学園ではなさそうだ。その点についてはクリアした様で、俺はソッと胸の中で凪さんに感謝した。
 凪さんの力だって借りたんだ。恐らく、失敗はしていないだろう。此処は、きっと会長の家な筈だ。そう思って、俺は歩き出した。此処に居ても会長は見つからない。俺が捜し回らないと。だがこの屋敷、見るからにデカい。冥無の学生寮に匹敵するんじゃないかと思うほど大きい。流石は白河家と言ったところか。俺はひっそりと溜息をつき、一番近い所にあった大きな扉の前に立った。そしてドアをノックしようとしてピタリと止める。
 今は夜中。しかも俺は不法侵入してこの屋敷に入った。そんな俺がノックして中の人が出てきて知らない俺を見たら当然驚くよな。此処に来てからの会長の捜し方を全く考えてなかった。どうしよう。
 その時だった。俺の前の扉がゆっくりと開かれた。

「え……?」
「こんな夜更けに何か用かね」

 思わず声を漏らす。開かれた扉の先、本がズラリと並んだ大きな部屋の中央に座っているのは間違いなく――。

「会長の、お父さん…?」

 俺の呟きに、書類に目を通していたその人が顔を上げた。





『頑張る理由を、探していたんじゃないんですか!?』

 最近、数日前に後輩に言われた言葉がちょくちょく脳裏を過る。
 俺は一度ペンを置き、深く椅子に凭れ掛かった。此処の所ずっとこの部屋に籠りきりで、仕事をただひたすら熟す毎日。けれどこれを父はいつも平気な顔で熟している。俺がこの程度の量で根をあげるわけにはいかない。
 その一心で、俺はひたすら机に向かい続けた。

「晃聖様。そろそろこの書類を……」
「ああ。俺が直接持っていこう」
「畏まりました」

 父に見せる為の書類を掴み、俺は三日間籠りきりだった部屋を出た。そして窓の外に浮かぶ綺麗な満月を仰ぎ見ながら廊下を進んでいく。
 そして父の書斎が近くなってきたとき、後ろから気配がした。立ち止まり後ろを振り返りその人物を確認する。歩いてくる人に、俺は頭を下げて挨拶をした。

「こんばんは兄さん。お疲れ様です」
「チッ。なんでお前の顔なんか見ないといけないんだよ!さっさと消えろ!」

 出合い頭に突然怒鳴られたが、相手にすると長くなることが分かっている。だから俺は失礼しますと声を掛け、父の書斎にまた足を進めた。だが、父の書斎に行くと、何故か扉が開いているのが見え、その場で足を止める。そんな俺を追い越し、兄は中が気になるのか、開け放たれた部屋の中をソッと覗く。

「は?こんな時間に来客だと…!?」

 兄が心底忌々しそうに舌打ちをする。こんな夜中に、一体誰が?
 不思議に思い、一歩部屋に近付いた時だった。

「会長は、何処にいるんですか?」

 聞こえて来たその声に、思わず息を止める。

「晃聖を連れ出す気か?」
「いえ、出来たら会長自身の意志で此処を出て行って貰いたい」
「そんな事出来る筈ない。此処へ戻って来たのはあの子自身だ」

 あの日、教室の前で別れた後輩の声が、父の書斎から聞こえてくる。
 安河内くんが、何故ここへ……。
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bkm