伝説のナル | ナノ


29

 一瞬沈黙していた凪さんだったが、何処か納得がいったのか、成る程と小さく呟いた。

「那智が言っていたのはこの事か…」
「え?」
「アイツが今日嘆いてましたよ。宗介が隠し事する!って」

 凪さんの言葉に、俺は思わず視線を彷徨わせた。それもそのはず、確かに今日俺は那智先輩の嵐の様な質問をすり抜けて此処に居る。何故だか凄い疑いの眼差しを向けられた。それは大樹からもだけど。

「何故本当の事を言わなかったのです?那智なら喜んでついて行くでしょう?それに黒岩の名を使えば楽に屋敷に入れますよ」
「はい。だから、です」

 俺なんかが言うと何生意気言ってるんだと思われるかもしれない。けど、俺が会長の所へ行くと言えば、絶対那智先輩も大樹も一緒に行くと言う筈だ。優しい二人だからこそ、俺みたいなそそっかしいヤツは放っておけないのかもしれない。

「けど、それじゃあダメな気がするんです」
「……」
「俺が一人で会いに行かないと、意味がない気がして、先輩にも大樹にも言えませんでした」

 そう言うと凪さんは一拍置いてから、何処か優しい声でそうですかと呟く。そして窓枠から飛び降りると、俺の前に静かに立った。

「貴方がそう決めたなら、俺は何も言いません」
「凪さん…」
「行ってらっしゃい」

 温かい手で頭を撫でられ、俺は胸の奥がグッと熱くなる。凪さんはいつもこうして力強く俺の背を押してくれる。本当に嬉しい。

「微力ながら、俺も魔導のお手伝いしますよ」
「え…?」
「今の俺でも、貴方を導くお手伝いは出来ると思います」

 そう言って手招きする凪さんの先には、非常口と書かれた扉があった。

「それにしても、いつの間にテレポートの魔導を覚えたんですか?」
「あ、えっと……」

 凪さんの質問に思わずドキッとする。すぐには答えられなかった。レイさんに教えてもらったとは言えない。だからと言って、まともに魔導を使いこなせない自分がいきなりテレポートを使ったら確かに疑問に思う。どうしよう。
 頭を悩ませる俺を見て、凪さんがクスッと小さく笑った。

「困るような質問ならば、また今度聞きます」
「え?」
「その時は教えて下さいね」

 凪さんは、それ以上は聞いてこなかった。俺が困るのを見て、そう判断してくれたんだ。申し訳なく思う一方で、やはりこのままでは駄目だと思う気持ちもある。これが終わったら、レイさんに会いに行こう。そして、レイさんについて話したい人が居る事を伝えてみよう。

「凪さん、ありがとうございます」

 俺の感謝の言葉に、凪さんは笑って返す。

「さあ、此方へ。此処に手をついて」

 促されるままに、俺は非常口の扉に手をついた。

「俺は扉と扉を繋げて行いますが、本来は扉を使う必要はありません。何もない空間から瞬間移動することは可能です。それだけは憶えておいて下さい」

 そう言って俺のすぐ後ろに立った凪さんは、俺の目元を後ろから隠した。そして左手を、俺の左手の上に重ねた。

「一瞬でも雑念は入れないことです。特に遠い地へ行こうとするのなら余計に」

 凪さんの声だけが、耳に響く。とても心地いい。

「深く息を吸って、そう……その調子です」

 凪さんの言った言葉通りの事を繰り返し行っていく。自分だけで行っていた時と違う感覚に少し驚く。自分でも分かる位、深く深く集中している。

「さあ、思い浮かべて」

 貴方の行きたいところへ――。
 その言葉が耳に届いた瞬間、俺の頭に強く思い浮かんだのは会長の笑顔だった。
 刹那、バンッと音を立てて扉が開き、俺はまたあの感覚に引き摺り込まれる。そして後ろで微かに聞こえた「晃聖を頼みます」と言う言葉に俺は振り返らずに頷いた。
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bkm