伝説のナル | ナノ


28

 あれから数日が経った。今日は満月。作戦実行日となった。
 この三日はほぼ学園祭の用意に費やされるため、みんな各々の仕事でいっぱいいっぱいだ。かくいう俺も、最後まで演劇の打ち合わせに参加した。一応代役は立ててあるが、それでもみんな会長が戻ってきてくれることにかけているように思えた。
 そして夜、明日が学園祭となったため皆早く眠りについたのだろう。いつも以上に静かな廊下には誰も居ない。俺はレイさんに言われた通り、自分の部屋のドアの前で待機していた。その人物を強く思い描いて、扉に手をつく。それは俺のよく知る人の十八番だと言っていたけど、一体誰の事だろう。そんな事を考えながら、時間が過ぎるのをただ待った。そして月が真上に来たころ、俺は静かに息を吐いた。よし、そろそろか。
 俺は、頭の中で会長の姿を思い浮かべた。ただ静かにあの人の姿だけを思い描いた。そして、深い呼吸を数度繰り返し、俺はドンッと扉にを当てた。

「うわッ」

 押し当てた瞬間、扉が開いた。思わず前のめりに倒れる。失敗かとも思ったが、身体に感じた重力と目の前に広がる一瞬の暗闇に覚えがあった。あれは確か、レイさんが居た部屋から出された時の感じと一緒だ。
 そう、確か一瞬の暗闇があった次の瞬間には――。

「いてっ」

 何処かに弾きだされた俺は、ズザーッとスライディングの如く地面を滑った。痛い。顔面打ったし至る所擦りむいた。痛さに呻きながらも、俺は慌てて辺りを確認した。でも、そこは俺が思っていた場所とは全然違った。

「此処って……」
「冥無学園ですよ」
「ですよね」

 通りで俺にも見覚えがあるはずだ。見事に失敗して思わず出る溜息。しかし気付いた。今俺は一人しかいない。なのに今誰と喋った?しかも今の声って……。
 勢いよく声のした方を見ると、窓枠に腰を掛ける人物と目が合った。

「凪、さん」
「こんな夜更けに何処へ行くんです?宗介くん」

 月明かりに照らされた凪さんが、その顔にニッコリと笑みを浮かべる。そんな凪さんを呆然と見ながら、俺はハッとして彼に近付いた。

「な、凪さん。具合は?あれから大丈夫ですか?」
「……ああ。大丈夫ですよ。あの時はお見苦しい姿を見せてしまってすいません」

 一瞬何のことか分から無さそうに首を傾げた凪さんが、何処か困ったように笑いながら言った。あれから全く凪さんに会ってなかったから。メールしても返信なかったし。でも前より少し痩せて見える気がする。ちゃんと食べているのだろうか。いらない世話だと分かっていても、やはり心配してしまう。俺の眼差し気付いた凪さんが、安心させるためか、大丈夫ですと言って俺の頭を撫でた。本人がそう言うのなら、俺はこれ以上突っ込む訳にはいかないか。

「あれ?」
「どうしました?」
「凪さん、その腕輪……」

 俺は凪さんの腕輪を見て、首を傾げた。

「そんなに黒かったですか?それ」
「――!」

 俺の言葉に凪さんが息を呑んだのが分かった。その反応に俺も口を噤んだ。何か言ってはいけなかったのだろうか。一人ドキマギしていると、凪さんが徐に自分の腕輪に視線を落とす。まじまじと見つめた後、ポツリと呟いた。

「貴方には、黒く見えますか?」
「え?」
「……いえ、なんでもありませんよ」

 凪さんはそれっきり笑うだけで、言葉の意味を教えてくれることはなかった。凄く気になるが、どうにもこの話は凪さんにとっては話し辛いらしい。やはり番人の腕輪だからかな。番人としては話してはいけないのかもしれない。
 それを少し残念に思っていると、凪さんが話を変える様にそう言えば、と口にした。

「テレポートで何処へ行こうと思っていたのですか?」
「え、テレポート?」
「今宗介くん、そこの窓から飛び出してきましたよ」

 その時、レイさんの言葉を思い出した。キミのよく知る人物の十八番だからと。そして凪さんから見たら俺が試した魔導はテレポートらしい。つまりはアレだ。レイさんの言ってた人物は凪さんか。

「ちょっと、会いに行こうと思ってまして…」
「誰に?」

 心底不思議そうな凪さんの目を、俺は真剣に見つめ言った。

「白河会長に」
「晃聖に…?」

 そう、会長の所へ行きたいと思います。
 言い切った俺を、凪さんが驚いたように見据える。
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bkm