関係性

「あ、いた。カズヤー!」



「……レイか」



廊下を歩いていた徳川を呼びとめる声に足を止める。
聞き覚えのある声に自然と表情が緩んだ。



「これうちのお母さんから。カズヤのお母さんに渡しておいてもらっていい?」



「わかった」



レイと徳川は所謂幼馴染という関係だ。
よくある話で、幼いころから両親同士の仲が良く自然と接する機会の多かった二人は幼稚園から高校に入るまで全課程を共に過ごしている。



「あと今日一緒に帰ろう?お母さんがカズヤに用事あるみたいで」



「校門で待ってる」



「了解」



寡黙で近寄りがたい徳川と唯一普通に接する女の子。
ある意味でこの二人は有名になっていた。



「相変わらず仲がいいね二人は」



レイが去った後、徳川の隣を歩いていた友人がニヤニヤしながら話しかける。
ちょうど教室移動で一緒だったため目的地につくまでこのネタを使われるだろうと徳川はそっと溜息を吐く。



「付き合ったりしないの?」



―――バサバサ



「……冗談は顔だけにしてくれ」



「(教科書落とすって、同様しすぎじゃね?)っておい、失礼だな」



廊下に散らばった自分の教科書を何事もなかったかのように拾い上げる。
そのまま歩きだした徳川に友人はさらに追及を進めた。



「だって仲いいんだろ?」



「昔からの付き合いだから当然だろう」



「でもレイちゃん可愛いし。レイちゃんと話してる時の徳川ってすごい柔らかいオーラだしてるし。」



「………」



「知らないかもしれないけどレイちゃんって結構モテてるんだぜ?たまに告られてるみたいだし」



「…あいつが?」



初耳だと言わんばかりに友人を見る。
やっぱり知らなかったか、と友人は小さくつぶやいた。



「可愛いし素直だし徳川相手に臆することなく話しかけてるじゃん?あの笑顔にやられてる奴も結構いるみたいで、特に俺らのクラスにファンは多いかもな」



「…うちのクラスは見る目がない奴らばかりか」



「いやいや、むしろ徳川が今までレイちゃんのことをそういう風に思ってこなかったのが驚きっしょ。」



「あいつは幼馴染だ」



自分で気づいていないだけで、レイと話すときの徳川の目は慈愛に満ちている。
ほかの男と話しているのを見ているときの目は氷のように冷たいくせに自覚していないなんてじれったくて仕方がない。
そしてこの鈍感な友達に青春を送らせてやろうと一人決心した。



「…そこまで言うなら俺、レイちゃんのこと奪っちゃっていい?」



「……は?」



徳川の目には明らかな嫉妬の炎が燃えていて。
こういうことにはあからさまに引っ掛かってくれる徳川に内心にやりと笑う。



「実は前からいいなって思ってたんだよね。お前いたから遠慮してたけどその気がないなら俺だって譲れない」



「……」



「レイちゃん今フリーっぽいし、俺もう手加減しないけど?」



「……勝手にすればいい」



友人をひと睨みすると徳川は自席へと戻って行った。



「まったく、世話の焼ける親友だよ。これで進展なかったら友情に亀裂走っちゃう」



そんな徳川の後ろ姿を見て頑張れよっとエールを送ると自分も席へとついた。



――――――――――――
―――――――――
――――――
――



放課後、約束どおりレイが校門へ行くとすでに徳川は待っていた。
壁へ軽く背中を預け本を読んでいる。



「カーズヤ!」



「……遅い」



「SHR長くて、ごめんね?」



「行くぞ」



読んでいた本をカバンへとしまい、先を歩く。
しかしレイの歩幅に合わせ、ややゆっくりと。



家路につくまではいつものように他愛もない会話。
基本喋らない徳川の代わりにレイが今日あったことなどを話す。
体育の授業でボールが顔にあたったりだとか、担任のHRの長さだとか、やたらと説教が長いだとか。
それに徳川が相槌を打ったり、ときたまクスリと笑ったり。
ありふれた高校生の会話だった。



「ただいま」



「おじゃまします」



家につくと二人は自然な足取りでリビングへと向かう。
いるはずのレイの母親は見当たらなくて、代わりに机上に置き書きがあった。



「…カズヤ君のお母さんと夕飯食べてくるから、二人で何か食べてね。ってさ」



「おふくろ…わざと何を言わなかったな」



「仕方ない、今日はうちのお父さん飲み会だし……カズヤのお父さんは?」



「今日は遅くなるとさっきメールがきた」



「じゃあ二人で食べようか。何食べたい?作るよ」



「カレー」



「ふふっ、了解」



こういうことは昔からあることで。
料理の得意なレイが作って二人で食べるということもしばしばあった。
部屋に戻って私服に着替えたレイは手慣れた手つきでエプロンを着て早速夕飯作りに励む。
その間徳川はレイがリビングへと持ってきたテニス雑誌を読む。
これがいつものスタイルだった。



「……」



しかし徳川は一向に集中できていなかった。
いつもなら気にならないはずのレイの存在が先ほどから気になって仕方がない。
学校で友人に言われた言葉が頭から離れず好きな選手の特集も右から左へと流し読みするだけ。
内容なんて全然頭に入っていかなくて。



「(変だ)」



小さいころから見てきた幼馴染の姿。
前までは全く気にならなかったが、改めてみると徳川の思っている以上にレイは"女"だった。
機嫌が好さそうに鼻歌を歌いながらテキパキと手を進めるその姿を可愛いと思ってしまい、ひとたび思考がそちらへ向かうともう後は翻弄されるままで。



いつの間にか女性らしくなった幼馴染にどうしていいかわからなくなっていた。



「カズヤ?できたけど……どうしたのじっとこっち見て」



ふと気付くとテーブルに料理を並べたレイと視線が合う。
思った以上に近い距離に思わず体がのけぞる。



「なんでもない」



「そう?帰る時から思ってたんだけど今日のカズヤ変だよ、いつもと違う」



「(そんなこと自分だってわかってる。レイをみて心臓が早くなるなんて"いつも"ならありえない)」



食べている最中も徳川の視線はテレビではなくレイ。
斜め横でテレビを見ながら肩を揺らして笑う彼女に胸が高鳴る。



「(…あいつがあんなことを言うから)」



徳川の脳内で再生される友人から叩きつけられた挑戦状。
徳川の隣にいるためあまり目立たないがそれなりに顔はいい方で、知っているからこそいい奴だということも徳川は知っている。
その彼が本気を出せばもしかしたらレイとその友人は付き合うなんてこともなくはなくて。
そう思うと心の中で黒い何かが蠢いた気がした。



「カズヤ、手が止まってるけど…食欲ない?もしかしてまずかったとか」



徳川の異変に気付いたレイが手を止め気遣う。
なんでもないと返す徳川に嘘、と言い放つと体を移動させ自分のおでこと徳川のおでこに手を当てた。



「なにすっ!」



「んー…若干熱っぽい?」



どうやら熱を計っているようで、目を瞑って真剣に自分の体温と照らし合わせている。



「………」



「念のため薬飲んで……ってカズヤ?」



離れていこうとするレイの手首を徳川の手がつかんだ。
その眼はまっすぐとレイを見ている。



「…全く意味がわからない」



「どうし……きゃあ!」



離れようとしたレイの手を自分の方へと引っ張って。
体制を崩した彼女を痛くないように気を使いながら器用に組み伏せる。
ダンッと片手をレイの顔の横につけるとびくりと体を揺らした。
この状況についていけてないレイの視線と絡む。



「カズヤさん?これは一体」



「俺もわからない」



「…え?」



「俺の友人がレイを好きだと言ってきた。俺がレイのことを幼馴染としか思っていないのなら奪うと」



レイの頬がポッと赤くなる。
その行動に徳川は眉間に寄せた皺をさらに寄せた。



「ずっと幼馴染だと思っていた。なのに…あいつにそう言われてからお前が気になって仕方ない」



「…それってどういう」



「俺にもわからない。こういうのは初めてで……どうすればいい?」



本当にどうしていいのかわからないようで、とりあへず思ったように行動してみたという感じの徳川にレイはしばらく呆気にとられた。
しかし数秒後クスクスと笑いだす。



「…何だ」



「いや、さすがカズヤだと思って。」



それは褒めているのかと徳川が問うと貶してるとバッサリ。



「そろそろ諦めようかと思ってたんだけど…」



「何を……っ」



ふっとレイの目が伏せられたかと思うと徳川が瞬きをした次の瞬間には二人の距離はなくなっていた。



「……」



「そろそろ幼馴染やめてみない?」



キスをしたのだと、徳川の思考が理解するまでは数秒かかって。
いつのまにか徳川の拘束を解いていたレイが近い距離で笑った。



「……そうだな」



クスリと笑って自らレイへと唇を寄せる。
幼馴染という関係を破棄して、今この瞬間から恋人へと昇格した。


関係性
(そういえば、いつあいつとアドレス交換したんだ?)
(カズヤ探してる時、一緒に探してくれるって言うから交換した)
(……今すぐ消せ)
(へっ?ちょっ……んっ)



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