仲直りをしよう

立海大付属中学校男子テニス部レギュラーの中で、参謀と恐れられる人物がいる。
彼は頭脳明細、全ての確立をはじき出してしまういわば天才と呼ばれるものの類でチームの勝利に大きく貢献していた。
ビッグスリーなんて呼び名がついているほどに。



そんな彼でも時として計算ではわからないことがある。
たとえばそう、今のこの現状だとか。















事の発端はほんの一週間前。
あまり公にはしていないものの柳にはそれはそれは可愛い彼女がいた。
名前はレイ。




二人はいわば仲良しカップルで、喧嘩という喧嘩をしているところを誰ひとりとしてみたことがない。
一年以上付き合っていれば倦怠期というものもあるし、そうなれば喧嘩をするのも必然的。
しかし二人にはそれがなくむしろ不気味だとさえ思われていた。



それが一週間前の日曜日。
久々のオフでデートをしていたときのこと。
デートの最中、滅多に怒る事のないレイが突然怒り出しそのまま帰ってしまったという。
そして柳には原因がわからなかった。
とりあへずは謝ろうと何度か声をかけてみたもののことごとくスル―されてしまった。
今の柳はお手上げ状態である。



『いい加減謝っちゃえばいいじゃないっすかー』



「何度も謝ろうとしている。避けているのは向こうだ」



『そうっすけど……なーんかレイ先輩が怒るのもわかるというか』



後輩である切原が見かねて言うも柳を説き伏せることなど到底できるはずもなくまた一週間が過ぎて行った。



柳がレイと話さなくなって二週間。
一向に修復しない二人の関係にテニス部も危機感を感じたらしい。
特に切原は柳が一番目をかけている後輩であるが故に練習中憂さ晴らしに付き合わされ体がボロボロになるほどの被害を受けている。



『蓮二、話がある』



被害者が続出したということで、部長の幸村が重い腰を上げた。



『赤也に泣きつかれてね、柳先輩が恐くてこのままじゃテニスできなくなるっていうものだから』



「練習不足だろう、俺は関係ない」



『そうかな。いつまでも意地張ってないでさっさと謝っておいでよ』



「お前まで言うか。言っておくが俺は別に意地など…」



『じゃあ早く彼女と話してくればいいだろう?』



「だから向こうが避けるから俺はどうすることも」



『言い訳はいいよ。俺だったら無理やりにでも連れ去るけどね』



「……」



柳とていつまでもこのままでいいとは当然思っていない。
ただ一度でさえこんなことがなかったためデータがなくどうしていいのかわからなかったというのが心境だ。
結果ここまできてしまった。



『蓮二は難しく考えすぎなんだよ。彼女が好きなんだろ?』



「……ああ」



『ならごちゃごちゃ考えてないでさっさと謝ってこいよ。早くしないと俺が奪うから』



幸村はニヤリと笑って見せた。
その言葉は決してこの場しのぎのものではないことぐらい計算せずとも柳はわかっている。
今まで何人の男がレイに近づこうとしたのかわからない。
そしてそのたびに柳が潰してきたのだから。



「すまない。体調が優れないから今日の部活は休む」



『体調不良なら仕方がないね』



放課後、柳の足はテニスコートではなくレイの教室へと向かっていた。
こうして迎えにいくのも数週間ぶりのこと。
教室を覗くとレイは友達と帰ろうとしているところだった。



『…あれ、柳君じゃない?』



『え……あ、』



友達が柳に気づきレイに教える。
柳を見たレイは一瞬表情をこわばらせ、視線を反らし帰ろうと友達を促した。
そんなことを柳が許すはずもなく、横を通り過ぎようとしたところをその細い腕を掴んで弾きとめる。



『な、何す…!』



「すまないがコイツを借りてもいいか?」



『どうぞー、次泣かせたらまじで柳君のこと潰すからね』



その言葉に柳は冷や汗を流した。
女生徒からは好意を寄せられることが多かったがこの友達だけは例外のようだ。



『何?私このあと用事があるから急いでるんだけど』



「こい」



『…ちょっと!』



レイがいくら抵抗しようとも男女の力の差は歴然としていてされるがままに図書室へと連れて行かれた。
この時間に図書室を訪れる生徒は限られているため誰もいない。




「…すまなかった」



『…!』



腕を離して正面に向きあう。
レイは肩を揺らした。



『……な、んで』



「怒っているのだろう?俺が原因で」



そう言うとレイは一瞬表情を曇らせ、睨むように柳を見つめた。



『なんで私が怒っているか、わかる?』



「情けないがわからない。しかし原因が俺であることはわかっている。それだけで謝る理由は十分だ」



『………っ、蓮二のバカ!謝るの遅い!』



「すまなかった」



くしゃりと顔を歪めて自分の胸へ飛び込んできた小さな少女に柳は小さくほほ笑む。
初めから難しいことを考えずにこうしていればよかったと後悔した。
今までの時間が無駄のように感じる。
その時間を埋めるようにレイを抱きしめ、頭をポンポンとなでてあげた。




『ごめんね蓮二』




「すまないと思うなら態度で示してもらおうか?」



顔を上げたレイにそっと顔を近づけると、レイはふわりと笑って目を閉じた。










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