「ねえシズちゃん、明日一緒にあの山を登ろうよ!」
「えっ?」

包帯を巻く必要も無くなり、
真っ白な脚を惜しみなく晒す静緒が眩しくて、
臨也は目を細めます。

「山を?何で?」

一方静緒は、
臨也の下心にも気付かず臨也が指差す先を見つめます。
其方には月を背負った大きな山がありました。
静緒は不思議そうに臨也に視線を移します。

「あの山の頂上から見るこの森は凄く壮観なんだよ、加えて明日は満月だから更に綺麗だと思うんだ。」
「へえ〜、なら行ってみたい!」

静緒の言葉に臨也は満足げに笑います。
ふさふさの尻尾もパタパタと揺れております。

「じゃあ明日の朝出発しよう。」
「朝から?そんなに時間かかるのか?」
「ん〜そういう訳じゃないけど、お弁当用意して、のんびり行きたいな〜と思ってv」

臨也は静緒に顔を近付け、
鋭い牙が見せて笑います。
眼前に迫った美麗な顔に、
静緒は眉を寄せて顔を背けました。

「臨也、いちいち顔を近付けんなよ…。」
「何で?見惚れちゃうから?v」
「っんな訳あるか!!」

兎なのに犬の様に吠えて臨也の頭を叩く静緒。
可愛い見た目とは裏腹に、
静緒は口より手が早くやや乱暴な所がありました。
しかしそれも臨也にとっては魅力的でしかありませんでした。

「あはは、照れちゃって可愛いな〜v」
「っからかうな馬鹿!!」

可愛いと言われて頬を紅潮させた静緒は、
それを見られたくなくて逃げる様に自分の床に潜り込みます。

「別にからかってないよ、シズちゃん。」

くすくすと笑って臨也も自分の床に入りました。
隣から聞こえてきた小さな寝息にまた笑って、
明日のデート(と臨也は思ってる)プランを練りながら眠りに就きました。

………………………

そして翌朝、
2人は竹製の水筒と自分用のお弁当を持って出掛けました。
木々の合間から零れる柔らかな陽射しに目を細め、
小鳥達のさえずりを聴きながらゆっくりと山に向かって歩きます。

「ん〜!やっぱ外は気持ち良いな!」
「そうだね、シズちゃん脚は大丈夫?」
「しつこい、もう完治してんだから大丈夫だって。」
「解ってるけどさ〜、自分から誘っといてなんだけど…やっぱ治ったばかりだから心配なんだよ。」

心配そうにチラチラと自分を伺う臨也に静緒はムッとします。
一発怒鳴ってやろうと口を開いた瞬間、背後の草むらがガサガサと音を立てました。
ビクッと驚く静緒をとっさに自分の傍に引き寄せる臨也。

「よいしょっと…あれ?臨也さん?」

現れたのは丸い耳とふっくらとした尻尾を生やした、
気弱そうな少年でした。

「やあ帝人君、そんな所からどうしたんだい?」
「すっすみません、正臣と園原さんを捜してて…(汗)」
「ふぅん、シズちゃん紹介するね、彼は狸の帝人君だよ。」

臨也の言葉に帝人は伏せていた顔を上げて、
静緒を見た瞬間爆発した様に赤くなりました。

「どうも、私は静緒っていうんだ、よろしくな。」
「あっ、ははははいっ!こちらこそっよろしくお願いします!//」

どもりながら何回も頭を下げる帝人。
静緒はそれを不思議そうに見つめ、
臨也は不機嫌を露わにします。

「おおっ居た居た!帝人〜!」

遠くから帝人と同年代と思われる明るい声が聞こえました。
帝人は弾かれた様に声がした方を向いて、
臨也と静緒に再び頭を下げました。

「あっあの、すみません!友達が見つかったのでこれで失礼しますっ!//」
「よかったね、じゃあね帝人君。」
「またな、帝人。」

声がした方に向かってとたとたと走っていく帝人。
静緒はその背中が見えなくなるまで手を振…ろうとしたのですが、
突然臨也に手を引かれてできませんでした。

「なっ何だよ?臨也!」
「何でもないよ、ああほら、早く山に行こうよシズちゃん!」

急かす臨也を怪訝に思いました静緒ですが、
特に尋ねる事もせず臨也に引っ張られるままに歩き出します。
暫く歩いていると、
徐々に山のふもとが見えてきました。

「シズちゃん!もうすぐ山だよ…っうわっ!?」

機嫌が治ってきた臨也が嬉々として静緒を振り返ると、
静緒の後ろに大きな大きな熊が立っていました。

「えっ?なにってでかっ!?」
「オ〜イザヤ、カワイイウサチャンと一緒ニ寿司食うイイヨ〜!食べたら仲良クナルヨ!」
「サイモン…。」

サイモンと呼ばれた熊は、
目を丸くしている静緒の頭を優しく撫でながら臨也を見下ろします。

「デートと言ッタラ寿司!大トロ、海老、ウニデ大バンブルマイ家庭エンマンダヨ!」
「いいよサイモン、また次の機会に行かせてもらうよ。」

静緒には訳が解らない言葉の羅列が大声で紡がれ、
静緒の頭上には?が幾つも浮かびます。
そんな静緒の手を引いて山に向かって駆け出す臨也。
静緒は慌てて臨也に合わせて走りながらも、
サイモンに向かって手を振りました。
サイモンから手を振り替えされた静緒は微笑し、
自分の手を引いて走る臨也の背中を見ました。

「なあ臨也!さっきからどうしたんだよ!そんなに早く山を登りたいのか?」
「…別に、そういう訳じゃないよ。」
「?…なあなあ、さっきのサイモンって奴が言ってたスシって、何だ?」

速度を落とし静緒の手を離した臨也は、
静緒の肩を抱き寄せました。

「?」
「…さっきの熊は森の外れで寿司屋をやってるサイモンっていって、寿司っていうのは1口サイズの白米の上に魚介類を乗せた食べ物の事だよ。」
「へえ〜!よくわかんねえけど美味そうだな!」

まだ見ぬ寿司を想像してにこにこする静緒。
そんな静緒を見て臨也は眉間に皺を寄せます。

(誰にも会わせたくなくて朝早くから出発したのにな…。)
「臨也!いつか一緒食べに行こうな!」
「……一緒に?」
「?当たり前だろ?」

自分と行くのを前提に考えている静緒に目を見開き、
臨也は色んな衝動に駆られて静緒をギュッと抱き締めます。

「ちょっ、何だよ?」
「ううん何でもない、今度連れて行ってあげるねv」

グリグリと静緒の首筋に顔を埋める臨也ですが、
流石に堪えられなくなった静緒の拳骨が炸裂ました。
目の前を星が飛んでる様な感覚に陥りながらも、
臨也は静緒を先導して山のふもとに向かってふらふらと歩きます。
やがて見えてきた山の頂上へと向かう道を前にして、
静緒は山を仰ぎました。

「側で見ると更にでかいな、登るの大変そうだな…。」
「大丈夫だよシズちゃん、道は長いけどちゃんと整備されてるから危険は無いよ!」
「そうなのか?」
「そうだよ、ほら行こ!」

2人は山道を歩き始めました。
臨也の言う通り、
道は徐々に急な坂になっていて辛いですが特に危険な所はありません。
2人は所々で休憩をしながら上へ上へと登っていきます。

「はふ、だいぶ登ったな…。」
「疲れた?少し休憩する?」
「さっきしたばっかだろ、まだ大丈夫だ。」

少し乱れた呼吸で静緒はつっけんどんに言います。
ですがそれでも動こうとしない臨也を見て、
静緒は太陽を指差しました。

「ほら見ろよ、休憩ばっかしてるから太陽がだいぶ傾いてきたじゃねえか。」
「……わかった、でも辛かった絶対すぐに言ってよ?」
「おう!」

臨也は静緒に気付かれない様に少しスピードを落として歩きました。
静緒は周りの景色に目をやりながらしっかりと前へ進んでいきます。
そして空が茜色に染まり始めた頃、
2人は遂に山の頂上に辿り着きました。

「着いた、シズちゃん着いたよ!」
「っ凄ぇ…!」

静緒は圧倒されました。
周りに広がる雄大な景色に言葉が出ません。
此処から見える世界が余りに広くて、
今までの自分の世界が酷くちっぽけに感じたのです。

「どう?シズちゃん!」
「…此処までの疲れが一気に吹っ飛んだ、こんなに広いんだな!」

笑顔の静緒を見て、
臨也も嬉しそうに微笑みます。


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