お題&短編&お礼夢 | ナノ


▽ 8.寸止め


「あれ?零くんだ、お帰り〜。」
「・・・ただいま。」

赤く染まった頬を向けてへらりと幸せいっぱいですと書いてあるような顔で笑う優華を見て降谷は固まってしまった。そんな降谷に優華はまっすぐ突撃していくと、そのままぎゅうぎゅうと抱き着く。いつも照れ屋な優華が珍しい。降谷がそんなことを考えるとふわりとアルコールの香りが漂ってきた。

そういえば今日は職場の同期と飲み会だと言っていたなと降谷は昨日の記憶を手繰り寄せる。この様子だとそれなりに飲んできたらしい。

「ねえ、零くんは私のこと好きだよね?」
「何当たり前のことを言ってるんだ。」

突如優華の口から紡がれた言葉に、降谷は訝し気に視線を送る。

「ね、好きって言って。」
「・・・愛してる。」

甘えるように降谷に抱き着きながら強請る優華に、降谷は米神にキスをしながらそっと囁く。すると降谷から落とされた言葉に優華は赤い頬を更に赤くする。その様子はまるで真っ赤に熟れた林檎みたいだ。実際降谷にとって優華は唯一無二の存在だ。「愛している。」なんて在り来たりな言葉などでは表せないくらい、降谷にとって大切な存在だ。優華以外の人間をこうして自分のテリトリーにいれることなど絶対にありえない。

「急にどうしたんだ?」
「・・・飲み会の時に恋人の話になって、その時にあまりデートらしいデートはしたことないって言ったら私のことは遊びだ、軽い男だって言われた。」
「・・・すまない。」

降谷が髪を撫でながら聞くと、むうと唇を尖らせて不満そうな顔をしながら優華は答える。その内容に降谷は申し訳なくなった。確かに降谷は仕事柄ほとんど優華とデートらしいことを出来ていない。休日らしい休日はあまり取れないし、久しぶりに休日が取れても呼び出しをくらうことも珍しくない。そもそも潜入捜査真っ只中ということもあり、あまり外であからさまに優華と交際していることを知らしめるような言動はしていなかった。優華もそのことは理解しているのだが、それでも寂しい想いをさせてしまっていることは降谷とてわかっていた。けれどその先に優華から返ってきた言葉は降谷にとって想定外のものだった。

「だから言ってやったの!私の彼は誰よりもすごい志を持って前に進んでいる、この国の誰よりも誠実でカッコいい人なんだから!って。」
「それはまた大きく出たな。」
「本当よ?私、この国を守る為頑張ってる零くんが大好きだもの。それに零くんがどれだけ私のことを大切にしてくれているかわかっているから平気。」
「優華・・・。」
「ふふ、零くん、大好きよ。」

優華は降谷に抱き着くと、一生懸命背伸びしてキスをする。紅潮した頬に潤んだ瞳。付き合ってそれなりの時間が過ぎたというのに素面の時にはキスですら照れるし、まして優華の方からキスをしてくることなどほとんどない。そんな優華が自分からキスをしてきたということに降谷は思わず口元を押さえてしまう。

これは・・・僕は試されているのか。

仕事で疲れていたはずなのに降谷の中に隠れていた欲がせりあがってくるのを感じる。降谷は優華を抱きしめるとその米神、瞼、頬、唇とキスの雨を降らせる。どれだけ優華のことを愛しているか、少しでも伝わるように。優華は目を閉じて幸せそうにキスを受け取っている。唇へのキスも最初は軽く触れるだけだったが、やはりそれだけでは物足りなくなり、降谷は優華の口腔内に舌を滑り込ませる。すると優華もぎこちなくも必死に降谷に応えようとする。その姿がたまらなく愛おしい。

そのままソファへとなだれ込み、降谷が優華の首筋に顔を埋めた次の瞬間、ぱたりと優華の腕が落ちたのが分かった。嫌な予感がした降谷がそっと優華の顔に視線を送ると、そこには幸せそうな顔をして瞳を閉じている優華がいた。規則正しく上下するその胸が彼女が眠りについたことを知らしめている。

「・・・嘘だろ。」

降谷は呆然と呟くしかなかった。当然ながらそんな降谷の呟きに返事が返ってくることはない。降谷は体を起こすとため息をつきながら優華を見る。おあずけを食らって体は燻っているが、すやすやと眠る愛しいその姿を見ていると無意識のうちに頬が緩む。降谷はそんな自分に苦笑いすると、優華のその白い首筋に視線をとめて口端をあげた。そして意趣返しとばかりに首筋に所有印を咲かせる。それも優華が鏡を見ても絶妙に見えにくい場所に、だ。あからさまに他人から見えはしないだろうが、少し高い位置からだと見える可能性はある。降谷なりのテリトリー主張といったところだ。

「優華・・・僕は君が思っている以上に、君のことを愛しているんだ。」

少し開いたその桜色の唇にキスを一つ落とすと、眠り続ける優華をベットへと運ぶ。

「おやすみ。」

頬を撫でながらそう伝えると、降谷はシャワーを浴びるためそっと寝室を出た。

―――翌日。降谷は仕事から帰るなり真っ赤な顔で詰め寄ってきた優華にめちゃくちゃに怒られたが、会社の連中に「降谷」という存在をしっかりと主張できたのでよしとすることにした。


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