お題&短編&お礼夢 | ナノ


▽ 指先から纏う愛


明日から4連休がスタートする世の中に少し浮かれている人々が多い日。そんな日いつもと同じく降谷は何の連絡もなしに突然優華の家にやってきた。ここ数年降谷が突如現れることは普通のことになっているため、優華は特に驚くこともなく降谷を迎え入れ、降谷も当たり前のように優華の作った晩ご飯を食べてのんびりとした時間を過ごしていた。

「・・・えらく熱心だな。」

お風呂から上がった降谷が目にしたのは雑誌を覗き込みながら真剣な眼差しでネイルアートをしている優華の姿だった。

「明日からしばらくお休みだからね。久しぶりにやりたかった難しめのデザインに調整するって決めてたの。たまには気分リフレッシュしないと。」
「・・・僕がいるというのにネイルアートに夢中か?」
「なにその言い回し。」

優華はそんな降谷の台詞にぷっと吹き出したものの、大して気にした素振りも見せずネイルアートを続けている。そんな優華の反応に降谷は苦笑いを浮かべる。

「やれやれ、せっかく久しぶりに会えたというのに・・・優華は随分つれないな。」
「零とまともに会えなくなって何年たつと思ってんの。おかげで随分強くなったからね。つれなくもなりますー。」

優華はそう言うと面白そうにクスクス笑う。降谷は優華の隣に座ると優華の手先をじっと見つめた。

降谷と優華の二人は所謂幼馴染だった。小学校からずっと一緒に過ごし高校時代に想いを通わせてからというもの、ずっと付き合っていた。お互い社会人になってから会える頻度が減っても定期的に連絡を取り合いデートを重ねていたし、お互いこのままいつか結婚するのだろうとぼんやりと思っていた。

だが、降谷がゼロとして潜入捜査することになり、状況はガラリと変わってしまった。二人は今までのように一緒に外に出かけたりすることは出来なくなった。それどころかまともに会うことすら出来なくなった。潜入捜査をしている降谷と優華が外部で会うのはリスクが高すぎる。そのため二人が会えるのはもっぱら降谷が忙しい時間の合間を縫ってこうして優華の部屋を訪れているときだけだった。だが当然その理由を殊更詳細に説明することなどできない。降谷が優華に伝えることが出来たのは仕事の関係で今までと同じように一緒の時を過ごすことは難しいということと全てが終わるまで待っていて欲しいということだけだった。もちろんいつまで待たせることになるかもわからないこんな状況だ。降谷は別れを告げられることも覚悟はしていた。だが優華はあっさりと了承の意を伝えた。あまりにもあっさりとした優華の反応に降谷の方が本当にいいのかと尋ねてしまったほどだ。だが、優華は「当たり前じゃない。だって零のこと愛してるもの。」と一言笑いながら言っただけだった。そしてその言葉の通り、優華は我儘を言うこともなく、降谷を待ち続けていた。幼馴染という絆ゆえなのか、優華の性格ゆえなのか。おそらくその両方だろう。

降谷はそんなことを考えながらぼんやりと優華を見ていたが、優華は相変わらず手を休めることなく一心不乱にネイルアートに集中していた。

秋っぽいスモーキーなベージュとグリーンのマニキュアが塗られた指先にストーンやスタッズを配置されていく。繊細なその作業をこなす優華の表情は真剣そのものだ。時間が経つにつれて指先がどんどんと華やかになっていく。そして雑誌に載っているデザインと同じものが優華の指先にも出来上がった。

「出来た・・・!」
「へえ・・・随分と印象が変わるもんだな。」
「でしょ!もっと難しいデザインもやってみたいけど、私不器用だから絶対無理。だからこれくらいが自分で出来る限界かな。」

早く乾かないかななんてホクホク顔をして手をプラプラとさせている優華はこの上なく可愛い。そんな優華を見つめる降谷の心にふとイタズラ心が芽生えてゆく。降谷は優華を抱き込むように抱えるとそっと手を伸ばした。

「え、何?・・・ってか、ちょっと手。」
「ん?」
「ん?じゃなくて!・・・何しれっと人の胸触ってるの。」
「気にするな。」
「気にするってば!」
「ほら、動くとせっかく綺麗にできたネイルが水の泡になるぞ。」

クスクスと楽しそうに笑う降谷に優華は慌てて手が当たらないように前に伸ばす。そんな優華の反応に気をよくした降谷はふくよかな胸を包み込みながら優華の耳をパクリとくわえこむと、そのまま耳孔に舌をねじ込んだ。予想だにしていなかった降谷の動きに優華はたまらず体をビクンと震わせた。

「ひゃ・・・・っ!もっ、零ったら・・・やめてってば!」

肩を竦ませて身を捩らせた優華が振り返って降谷をキッと睨みつける。だがその瞳は潤んで頬は赤く上気しており、何の迫力もない。それどころか。

「あー・・・。」

本当は久しぶりに会えたというのに自分を放ってネイルアートに精を出す優華に少しちょっかいを出すだけのつもりだった。それだけだった。だが、潤んだ瞳で降谷を見上げてくる優華を目にして降谷の中で何かが切れた。色欲を宿した瞳を隠そうともせず優華を見つめる降谷に、優華は一瞬息をのむ。そして瞬きをした次の瞬間、優華の視界に広がったのは、見慣れた天井とギラギラとした瞳を隠そうともせず優華を押し倒す降谷の姿だった。

「は、え、ちょ、零・・・っ!?」
「・・・悪い。もう無理。」
「は!?いや、せっかく頑張ったネイルが・・・!」
「あとでやり直してやる。」
「はあ!?んむっ・・・!」

抗議の声を上げようとした優華の声はあっさりと降谷の激しいキスに飲み込まれていった。


―――


「・・・やっぱりネイルだめになっちゃったじゃない。零のバカぁ・・・。」
「悪かった。ちゃんとやり直してやるから機嫌直してくれ。」

散々降谷に翻弄されてクタリと体を横たえる優華に軽くキスを落とすと、優華は唇を尖らせたまま近くに落ちていた雑誌を取る。そしてパラパラとページをめくるとあるデザインを指さした。

「じゃあこれにして。」
「ん?」

降谷が覗き込むとそこには優華が必死になって塗り上げたネイルよりも遙かに難しいデザインのネイルが載っていた。なるほど、優華の好きそうなデザインだ。降谷は口端をあげた。

「了解。」

そして数十分後。降谷の手によって仕上げられたネイルは、まるでプロのネイリストが仕上げたかのように完璧に仕上げられていた。しかもより優華の好みに近いようにアレンジ付きだ。

「綺麗・・・!」
「気に入ってくれたならよかったよ。」
「・・・何でこんなことまで出来るの。零って本当器用すぎでしょ。」
「そうか?」

降谷はそうでもないだろうとばかりに首を傾げる。だがネイルアートの経験もないであろう男性が雑誌に載っている難しそうなデザインを一回で綺麗に仕上げるなんて、器用以外の何物でもないだろう。優華はそんなことを思いながらもう一度指先に施されたネイルに視線を巡らす。

「・・・零、ありがとう。嬉しい。」
「ははっ、どういたしまして。」

目を細めて嬉しそうに笑う優華に降谷は再びキスを落とした。


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