お題&短編&お礼夢 | ナノ


▽ 七夕に告ぐ想い


今日は7月7日、七夕だ。離れ離れになった恋人である彦星と織姫が年に一度会うことを許される日。優華は缶チューハイを片手に自宅のベランダから空を見上げるが、生憎空は重苦しい雲に覆われており、星一つ見えない。

「彦星様と織姫様は今年は会えなさそうだねえ。・・・まあ私もだけど。」

優華は真っ暗な空を見上げたまま自嘲するとため息をついた。

優華には降谷零という恋人がいる。高校時代の同級生だった彼と恋人同士になり、そこから些細なすれ違いから破局の危機もあったものの、なんだかんだと二人の関係は続いている。そして大学を卒業して警察官になった降谷は多忙に多忙を極める日々を過ごしているようだった。ようだった、というのは確証があるわけではないからだ。どうやら警察の中でも特殊な部署にいるらしい降谷は職務上の話は全くしない。そして数年前から外で偶然見かけたとしても決して話しかけたりせずに他人の振りをしてくれと言われている。もちろん優華とてなぜかと問いただしたのだが、仕事上の事情だと言われてしまえばそれ以上追及することはできなかった。実際女性と一緒にいる降谷とばったり出くわしたこともあり、その時には決して心中穏やかではいられなかったものの、意地で感情を抑えて何もなかったかのように通り過ぎた。

そしてその頃からかろうじて連絡は取れるものの、会える頻度が段々と減ってきた。前回会ったのは桜が咲き出した頃だった気がする。その前はクリスマス前だっただろうか。そう考えると一つの季節に一回しか会えてないということだ。まるで都合のいい時だけ会う浮気相手のようだ。だが、降谷の生真面目な性格からして浮気ということは考えにくい。もしも誰か他に好きな相手が出来たのであれば、降谷の性格上きちんと面と向かって謝罪をして関係を清算するはずだ。優華はそんなことを考えながら手元の缶チューハイをこくりと飲んだ。降谷の性格をよく知っているからこそ優華はここまで信じて待ち続けてきた。けれどそれもそろそろ限界を感じていた。優華は明日誕生日を迎え、30歳になる。

「そろそろ潮時かなあ・・・。」
「何が潮時なんだ?」

突如背後から聞こえるはずのない声が聞こえ、優華の体はビクリと跳ねた。取り落としそうになった缶チューハイを降谷が見事な反射神経でキャッチする。

「び、ビックリした・・・っ・・・。もう!気配消すのやめてよ!心臓に悪い!」
「はは、悪かったな。」

いつも通り何の前触れもなくやっていきた降谷は笑いながら室内へと戻っていき、優華もその後を追う。降谷は缶チューハイをテーブルに置くと、きっちりと絞められていたネクタイを緩めていく。そんな何気ない動作一つですら絵になるなあなどとぼんやり考えながらも優華は意を決して切り出した。

「・・・ねえ、零。」
「なんだ?」
「私達お別れしない?」
「・・・は?」

予想だにしなかった言葉だったのだろう。唖然とした顔で優華を見つめる降谷に優華も目をそらすことなく見つめ返す。

「・・・他に好きな男でも出来たのか?」
「そんなわけないでしょ。・・・零のことは変わらず好きよ。それにこんなに会えなくてもそれは仕事絡みの事情だろうし、浮気をしているわけじゃないって信じてる。だから以前街で女の人と一緒に歩いてる零を見かけたときも我慢出来た。でも・・・。」
「でも?」

優華は一瞬迷うように口を閉ざしたが、降谷は先を促すように声をかける。優華はしばらく沈黙した後、再び口を開いた。

「私、明日で30になるの。」
「・・・知ってるよ。」
「私、子供の頃から結婚願望強かったの。子供だって欲しい。でも零にとって私の願いは重荷でしかないこともよくわかってる。零のことが好きだから零の邪魔はしたくないの。だから・・・もう終わりにしよう。」

心が軋むのを必死で隠して平然を装い、降谷の目を見つめて告げる。告げられた降谷の表情に変化はない。

これで私達の関係は終わるのだろう。

そう思った優華が瞳を伏せた途端、突如伸ばされた手に強引に引っ張られ、気づくと優華は降谷その広い胸の中に閉じ込められていた。息をするのも苦しいほどの力できつく抱きしめられて優華はたまらず眉を顰める。

「ちょっ・・・零、苦しいってば!」

懸命に身じろぎした結果、かろうじて降谷を見上げる格好になる。すると切なげに苦し気に顔を歪めて優華を見下ろす降谷と視線が交差した。

「・・・確かに僕と別れた方が優華にとって幸せなのかもしれない。僕よりも優華のために時間をとって優華のことを第一に考えて大切にしてくれる男がいるかもしれない。――でもごめん。優華と離れるなんて無理だ。」
「っ・・・れ、零・・・。」
「優華を散々待たせて君の大切な時間を縛りつけているのはわかってる。それでも・・・僕には優華を手離すことは出来ない。」
「な、に、それ・・・っ。わがまま・・・っ!」
「わかってる。僕はこの上なくわがままなことを言ってる。でも愛してるんだ。」

苦しそうに顔を歪めながらも降谷は優華をかき抱く力を緩めない。それはまるで全身から優華への愛情を訴えているかのようで優華の瞳からはたまらず涙が零れた。それと同時に優華の中で必死に蓋をしようしていた降谷への想いがあっけなく溢れ出る。まるでそんな優華の想いを察したかのように、降谷は優華へとキスを落としていく。瞼へ、米神へ、頬へ、そして唇へ。次々と降り注ぐキスはまるで一挙一動で想いを伝えようとするかのように、繊細なものだった。

ああ、私はやっぱり零と離れることなんて出来ない。

優華は観念するかのようにゆっくりとその瞳を閉じた。

―――

「あ・・・。」
「どうした?」

乱れた息がようやく落ち着いてきた頃。優華の口から漏れた声に降谷は首を傾げる。

「見て。いつの間にか雲がなくなってる・・・あんなに曇ってたのに。」
「そうだな。」

ベットの側の窓から見えた空は眩いまでの星空だった。

「綺麗な星空・・・彦星様と織姫様、きっと会えたね。私も零に会えたし。」
「優華が織姫で、僕が彦星か?」
「そう。なかなか会えない私達にピッタリじゃない?」
「・・・痛いところをつくな。」 
「それくらい甘んじて受けてよね。」

揶揄するような言葉を投げられ苦笑いする降谷に優華は悪戯っ子のように笑う。あんなに思い詰めていたのがまるで嘘のように、優華の心は随分と軽くなっていた。降谷は楽しそうに笑う優華を愛おしげに見ると、その長い黒髪を指で梳く。

「あと少しで終わりそうなんだ。」
「え・・・?」
「もう少しだけ待ってくれ。――必ず迎えに来る。」

少し緊張したような声色の降谷の言葉に、優華は口端をあげる。もう迷いはない。

「ふふ、待ってるから心配しないで。でも無茶だけはしないでね。」
「ああ。」

二人は愛おしげに見つめ合うと、そっとキスを交わした。

それから3か月後。全てを終わらせた降谷からプロポーズされた優華が、喜びのあまり近所中に響き渡るほど大泣きして降谷を慌てさせたのはまた別の話。


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