▽ 共に迎える最初の一日
『すまない。やっぱり帰れそうにない。』
そう降谷から連絡が入ったのは夜の10時を過ぎる頃だった。今日は大晦日。今年もあと2時間を切っている。優華は手にしていたスマホをテーブルに置くとぼんやりと時計を見た。
降谷が「今日は日付が変わる前には帰るようにするから。今年は一緒に新年を迎えよう。」と言って出かけていったのは朝の6時前。予想だにしていなかった降谷の言葉に優華は目を丸くした。そしてその後に感じたのはじわじわと湧き上がる嬉しさだった。
同棲して数年たつが、一緒に新年を迎えられたことは一度たりとてなかった。降谷が公安警察として多忙な生活をしているのはよく知っているし、仕方ないとは思っている。けれどせっかく一緒に住んでいるのだ。本音を言うと一緒に新年を迎えてみたいとずっと思っていた。今年は一緒に新しい年を迎えられるかもしれない。そう考えるだけで優華の心は浮き足立っていた。その喜びを抱えて優華は年越し蕎麦やお節の用意などお正月を迎える用意に勤しんだのだった。けれど。
「仕方、ないよね。」
優華は自嘲するように笑った。降谷とて本当は帰りたくて仕方ないはずだ。けれどこの日本を守るという大役を担う降谷には恋人との約束よりも優先しなければならないことがある。そして優華はこの国のため真っ直ぐ進む降谷を誇らしく思っている。だから寂しくてもそれを受け入れられるのだ。
あと5分で新年を迎える。そんな時間になった時。せっかくだから少しは年越しの気分を味わおうと思った優華はテレビをつける。するとテレビにはカウントダウンの準備をしている様子が映った。
あと少しで今年も終わりだなあ。
テレビを見ながらそんなことを考えた次の瞬間。ガチャガチャと勢いよく玄関のドアノブを動かす音がして優華はビクリと体を震わせた。
こんな時間に一体誰が。
不穏な予想をして体を強張らせた次の瞬間、優華の目に入ってきたのは会いたくて仕方なかった誰よりも愛しい存在だった。
「優華!」
「は、れ、零?」
優華はポカンとした顔で降谷を見つめる。降谷は珍しく息を弾ませており、その額は薄らと汗ばんでいる。
「ど、どうしたの。仕事が忙しくて帰ってこれないんじゃなかったの?」
そうストレートに返してくる優華に降谷は苦笑いを浮かべてしまう。
「今年こそは君と一緒に新年を迎えたくて・・・どうしても終わらせなければいけないところまではなんとか終わらせてきた。・・・それでもギリギリでこんな時間になってしまったけどな。正直間に合わないと思ってたくらいだ。」
すまないという降谷に優華は瞳に涙をためながら勢いよく首を振る。
年明けまであと1分だ。のんびりもしんみりもあったものではない。けれど優華にとっては降谷の想いが何よりも嬉しかった。
「ありがとう。零。」
感極まった優華が降谷に抱きつくと優しく抱きしめられる。降谷の体はひんやりと冷えており、優華はその体を温めるようにぎゅっと抱きしめ返す。
『新年あけましておめでとうございまーす!』
テレビからは鐘の音とアナウンサーの声、そしてわあわあと騒ぎ立てる声が聞こえる。どうやら年が明けたらしい。
「あけましておめでとうございます。」
「あけましておめでとう。」
新年の挨拶をすると二人は顔を見合わせて笑い合う。
「初めての一緒の年越しだね。なんか不思議な感じ。・・・でもすごく嬉しい。」
「僕もだ。」
「今年もよろしくね。零。」
「こちらこそよろしく。」
唇を合わせるだけの軽いキスを何度か繰り返した後、軽く開いた唇の隙間に降谷の舌が差し込まれる。舌を絡めあい、お互いの存在を感じ合った後離れた二人の間には銀色の糸がひいていた。少し顔を赤くした優華が降谷を見上げる。
「ね、年越し蕎麦用意してあるんだけど食べない?もう年越しちゃった蕎麦だけどね。」
そう言って笑う優華に降谷は目を細める。
「ああ、頂こうか。」
新しい一年は始まったばかりだ。