Masquerade | ナノ


▽ episode.16


降谷が待っていろと優華に告げて去っていった日から早くも3週間が経過していた。テレビからは国際的な組織の壊滅を告げるニュースが流れている。そのニュースを優華はどこか遠いところで見ているような感覚に陥っていた。てっきり組織の壊滅は秘密裏に処理されるのかと思っていたのだが、あの組織は想像以上に各国の重要人物や財界の重鎮など大物が絡んでいたらしく、とても秘密裏に処理できるようなレベルではなかったらしい。一度その情報がテレビで報道されてからというもの、そのニュースが流れない日はない。それこそ連日各テレビ局がこぞって報道を続けていた。

「降谷さん、大丈夫なのかな・・・。」

降谷からの連絡は未だない。これだけの事件だ。後処理などで忙しい可能性は十分にありえる。それならばいい。だが、もしものことがあったらと思うと優華は気が気ではなかった。

まだ優華は降谷に助けてもらったお礼を伝えていない。前回の時にはあまりにも情報過多すぎてそんなところにまで頭が回らなかったが、降谷のおかげで優華が命拾いしたことは間違いない事実だ。それに優華にはそれ以外にも伝えたいことがある。

「降谷さん・・・どうか無事で・・・。」

優華は降谷の無事を願うしか出来ない自分の身が酷く歯がゆかった。

―――――

「久しぶりだな。」
「降谷さん!?」
「体はもう平気か?」

降谷が優華の病室を訪れたのはそれから3日後だった。やはり今回の戦闘でそれなりの傷を負ったらしく、体のあちこちに包帯や傷テープが巻かれているような状態で、その姿を見た優華は思わず慌ててしまう。

「ってか、ちょっと何ですか!その体!私なんかより降谷さんの方が酷いじゃないですか!そんな体で動き回って大丈夫なんですか!?」
「ああ、大したことはない。とは言えさすがに今回は何度も命の危機を覚えたよ。まあこうして生きて帰ってこれたけどな。」
「よ、よかった・・・っ。」
「心配してくれたのか?」
「当たり前じゃないですか!」
「ははっ、ありがとう。」

そう笑う姿には先日の時のような厳しい雰囲気は感じられず、そのベビーフェイスも伴って随分と幼く感じさせた。

「こちらに来るのが遅くなってすまなかった。組織を壊滅させてからの事後処理の量が半端なくてな。なかなか身動き取れる時間が取れなかったんだ。」
「いえ、あれだけのニュースになる事件ですから仕方ないですよ。」
「・・・ところで何で敬語なんだ?」
「いや・・・その、なんとなく・・・です。」

優華は気まずそうに視線をさまよわせる。安室透にもバーボンにも敬語を使うような気にはなれなかったが、なんとなく降谷には今までのような接し方ではいけない、そう思わせるような雰囲気があった。これが公安警察たる風格というものなのだろうか。そう考える優華とは裏腹に、降谷は難しい顔をして少し黙り込んだ後、軽くため息をつく。

「敬語はやめてくれ。僕の方の調子が狂う。今まで通りで接してくれ。」
「・・・で、でも。」
「いいから。」
「・・・わかった。」

優華がそう答えると降谷は少し目を細めてベットの隣にあった椅子へと座る。

「さっきも話したが、ようやく事後処理が落ち着いてきた。ある程度残党の確保も確認できた。末端の末端まではさすがに把握しきれていないかもしれないが、そいつらは逆に君のことについて知る術も持っていないだろうからな。もう君を狙うやつもいない。解放しても問題ないだろう。」
「そう・・・なんだ。」
「明後日退院できるように手配をする。」
「うん、わかった。」

それは必然的に降谷との関わりも終わることを意味していた。心の奥底で感じてしまう寂しさを覆い隠して優華は降谷に尋ねる。

「ねえ、組織のメンバーはどうなったの?」
「幹部メンバー数人は戦闘の末射殺されたが、ボスとその他のメンバーは捕らえた。」
「そ・・・う。」
「・・・組織が壊滅して気持ちは晴れたか?」

黙り込んでしまった優華に降谷が尋ねる。その瞳は相変わらず真っすぐで優華の全てを見透かすかのようだった。

「・・・正直よくわからないの。まだいまいち実感がないと言うか・・・。」
「そうかもしれないな。」

実際まだまだ壊滅までは時間がかかると思われていたのだ。思いもよらなかったこのあまりにも速い展開に優華は追いついていくのがようやくだった。だが一つだけはっきりとわかっていることもあった。

「・・・私ね、父が殺されたと知ってからずっと組織の奴らに復讐したかった。・・・この手で殺してやりたいって、思ってた。でも組織に潜入してたくさんの命が・・・簡単に奪われていくのを見て・・・人の命の重みを思い知った。皮肉よね・・・。」

優華はぽつりぽつりと声を絞り出すようにゆっくりと話す。降谷はそんな優華を焦らせるわけでもなく黙って見つめる。

「・・・だからこれでよかったんだと思うの。あとは奴らが法の下で裁かれるのを見届けるわ。それが今の私が父のために出来ることだと思うから。」

その瞳に浮かぶのはバーボンと対峙して死を覚悟した時と同じ、芯の強さを秘めた瞳だった。そんな優華に降谷は口端をあげる。

「ああ、きっと君の父親も喜ぶさ。」
「そうね。そうだといいんだけど。」

そう言って優華は照れくさそうに笑った。

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