Masquerade | ナノ


▽ episode.14


・・・すまなかった。

―――誰かの声が聞こえる。どうしてそんなに辛そうなの?あなたは誰?

優華は声の元へ必死に手を伸ばそうとするけれどなぜか体が動かない。もどかしさに包まれていると光へと引き上げられるようにふわふわと意識が覚醒していく。重い瞼を必死に動かしてゆっくりとその目をあけると、酷く眩しく感じられて思わずその目を細めた。

「ここ・・・どこ・・・?」

優華は視線だけでぐるりと辺りを見渡すが、そこには真っ白な天井がみえるだけだ。体を動かそうとするものの、体が鉛の様に重くて思うように動かせない。そんな重い体を叱咤して無理矢理体を起き上がらせて見渡すとそこは明らかに病室だった。けれどそれよりも何よりも。

「私、どうして生きているの・・・?」

優華が撃たれたはずの胸を触ると軽い痛みは感じるが、そこに撃たれたような酷い傷はない。けれど確かに銃声を聞いたような記憶がある。それなのに、どうして生きているのか。優華が意味がわからず呆然としているとドアの開く音がする。

「気が付いたのか。」

聞きなれたその声に反射的に優華はそちらに顔を向ける。そこにいたのは最期を覚悟した時に瞳に焼き付けた安室だった。グレーのスーツに身を包んでまっすぐと優華に視線を向けている安室が纏っているのはいつもの雰囲気ではなく、優華は思わずたじろぐ。

「バー・・・ボン・・・?」
「まるで幽霊でも見るような目だな。」

口端をあげて苦笑いしながら近づいてくる安室に優華はビクリと体を震わせる。

違う。この人は安室透でもなければバーボンでもない。纏う空気が違いすぎる。

優華の頭に警鐘が鳴り響く。眉を顰め胸の前で手を固く握りしめて警戒心を露わにする優華に、安室は困ったように笑みを浮かべる。

「そんなに怖がらなくてもいい。何もする気はない。・・・それよりも体は大丈夫か?痛むところは?」

ベットの傍まで来ると安室は傍にあった椅子に腰かけながら優華へと尋ねる。その瞳には明らかに心配の色が含まれており、優華は頭がパンクしそうな感覚を抱えながらもおずおずと答える。

「・・・平気・・・体は重いけど、痛くはない。」
「そうか。それならいい。」
「・・・どうして私生きているの?それに・・・あなた、本当は誰なの・・・?」

わからないことばかりで混乱する優華の様子に安室は苦笑いを浮かべる。

「そうだな。色々と混乱しているだろうし、聞きたいこともあるだろうから一つずつ説明していこうか。・・・桜月優華さん。」
「・・・っ!なんで・・・っ!?」
「君のことは色々と調べさせてもらった。とはいえ、君のことであらかじめわかっていたのは優華という名前と24歳という2点だけだったからな。それだけの情報で君のことを調べるのはさすがに骨がおれたよ。」

たったそれだけの情報から必死に隠してきた自分の本当の姿を暴かれたことを知り、優華は唇を震わせながら信じられないものを目にしたかのように安室を見る。そんな優華の姿を見て安室は少し困ったように笑う。

「さっきも言っただろう。君に危害を加える気はない。そんなに怯えないでくれ。・・・僕は降谷零。組織に潜入している公安警察だ。」
「公安・・・?・・・バーボンが?」

公安警察。優華はその言葉に目を見開いてその姿を見つめる。初めて見るスーツ姿。日本人離れした全てを見透かすような真っ直ぐな蒼の瞳は安室透よりもバーボンよりもしっくりくる気がした。降谷は優華の視線を真っすぐ受け止めて話を続ける。

「君は知らなかっただろうが、組織はずっと君に疑いの目を向けていたようだ。君が特段何かミスをしたわけじゃない。強いて言うなら君のその組織に馴染まない白さにだ。普通あの黒い組織にいれば少なからずあの組織に染まってしまう面が出る。・・・潜入捜査官ですら、だ。だが君はそれがなかった。仕事自体はきっちりとこなすし、性格上の問題かとも思われたため、今までは積極的に疑われていなかったようだけどな。」

降谷の言葉に優華は唖然とするしかなかった。確かに優華は組織にいても人が命を落とすことに対して平気ではいられなかった。それがいくら悪人であってもだ。出来るだけ平静を装っていたつもりだが、それもうまくできていなかったということだ。優華は俯くとギリリと歯を食いしばる。

「君と初めて一緒に仕事に着いた時、僕は密かにもう一つ別の命令を受けていた。『メルローがノックだった場合、メルローを殺せ。』とね。僕も実際に君と接触して組織に属する者としては違和感を覚えたから本職の方で君のことを調べたんだ。てっきりどこかの諜報機関のノックかと思っていたんだが、まさかFBIの協力者である一般人とはな・・・。さすがに想定外すぎて戸惑ったよ。」

黙り込んでしまった優華にチラリと視線を送りながらも降谷は話を続ける。

「君が一般人であることが判明した以上、組織が君を裏切者と結論付ける前に一刻も早く君を保護する必要があった。それで君がノックとして疑われていることを逆手に取った。あえて君がノックであることが判明したと組織に報告して君を始末したように見せかけてこちら側に保護した。本当は穏便に保護したかったんだが、疑いの目で見られている君には盗聴器が仕掛けられている可能性があったからそれは難しかったんだ。・・・君を撃ったあの銃には実弾ではなく強力な麻酔弾が装填されていたんだ。」
「麻酔、弾・・・。」

優華は撃たれたはずの胸元を押さえる。銃で撃たれたはずなのにその跡がない理由はそれだったのだ。

「実弾ではないとはいえ、それなりの衝撃は受けているはずだ。・・・すまなかったな。」

申し訳なさそうに言う降谷に優華はゆっくりと首を横にふる。

・・・私はまた助けられたのだ。一度目はFBIである赤井さんに。そして今度は公安警察である降谷さんに。私自身は何も出来ていない。

――そう、何一つ。

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