右手に絆を、左手に愛を。 | ナノ


▽ 1


――ずっと一緒にいてね。
――ああ。離しはしないさ。

そう言ったのに。―――嘘つき。

言い表せない喪失感に包まれていると、ゆるゆると意識が覚醒していく。ゆっくりと瞼を開けると見慣れない光景が目に入り、優華は一瞬ここはどこだと眉をひそめた。しかしその後ああそうだったと思い返す。優華が今いるのはアメリカから日本へと向かう飛行機の中だった。随分と深く寝入ってしまっていたようだ。優華がため息をつくと同時に機内にはまもなく日本に到着する旨のアナウンスが流れ、優華は着陸の準備を始めた。

入国手続きを終えて優華は到着ロビーから建物の外へと足を踏み出した。途端に空気がもわっとなり、日差しもこれでもかと照り付けている。周辺を覆いつくすアスファルトからの照り返しがこの上なく暑く感じられる。

「久しぶりの日本だなあ。」

そう言ってポケットからスマホを取り出すと、ある番号へと発信する。しかし相手は出ることはなくコール音だけが空しく繰り返される。相手は平常から電話をしても滅多に出ることがないので、今回も電話に出ないことは予想の範囲内だった。優華はため息をつくと、メール画面を起動させる。そして素早く用件を打ち込んでいくと相手へと送った。色々と忙しくしているようだが、これで暇な時にでも見てくれるだろう。

「よし。とりあえずホテルに向かおうかな。」

優華はスーツケースと鞄を持つと、タクシー乗り場へと向かった。

―――――

その日、降谷は珍しくバーボンとしての任務もなく安室透としての仕事も休みであったため、朝から警察庁へと登庁していた。普段なかなか登庁する事の出来ない降谷はどうしても仕事が溜まりがちなため、今日のように他の仕事が入っていない日は本来の自分としての仕事を片付けるには絶好のチャンスだった。デスクに積み上げられていた書類を一つ一つ確認しながら進めていく。

「降谷さん、一息いれられてはどうですか。あまり根を詰められるのもよくないですよ。」

そう言いながらコーヒーを差し出してくれたのは風見だった。仕事も早く、細かなところにも気がきく。本当によくできた部下だと降谷は思う。

「ああ、悪いな。風見。」

風見が準備してくれたコーヒーを飲みながらふと時計を見ると15時半をまわったところだった。

「・・・ん?」

そこで降谷はスマホに不在着信とメールを告げる表示が出ているのに気づく。仕事に集中していたのとサイレントにしていたため、全く気付かなかった。降谷はそのまま指をスライドさせてメールを開く。そのメールが表示され内容を確認した降谷はまるで石像にでもなったかのように凍り付いた。

「・・・は!?」

突如あがった降谷の声に部屋の方々から視線が降り注ぐ。

「ど、どうされたんですか?」

スマホを凝視したまま固まってしまっている降谷に風見は焦ったように声をかける。こんな降谷の姿は見たことがない。他のメンバーも珍しいものを見たと言わんばかりに目を丸くして降谷を凝視している。

「あ、ああ。すまない。大丈夫だ。・・・ちょっと電話をしてくる。」

それだけ言うと降谷は部屋を出ていく。部屋を出るなり不在着信という文字と共に表示されていた番号へと電話をかける。数コールで相手は出た。

『もしもし?』
「おい、優華!あのメールはどういうことだ!?」
『ちょっと零?久しぶりに話す姉に向かってその態度はないでしょ。』
「姉って数分しか違わないだろう!って、今はそんなことはどうでもいい!お前アメリカにいたんじゃないのか?」
『だから帰ってきたの。一時帰国よ。』
「仕事は!?」
『・・・いろいろあって休暇取ったの。しばらく日本にいるつもりだから。今日はホテル取ってるんだけど明日から零のところ泊めてよ。』
「はあ!?」
『あ、ひょっとして彼女と同棲してる?だったらさすがに遠慮するけど。』
「いや、恋人はいないが・・・ってそうじゃなくてだな!」
『まあ詳しいことは零が仕事終わってから話そう。仕事終わったら連絡ちょうだいね。』

言いたいことだけ言うと、優華はお仕事頑張ってねと言ってプツリと電話を切った。一方的に電話を切られ通話終了とだけ表示された画面を唖然としながら見ていた降谷は、たまらず米神を押さえた。 

・・・頭が痛い。久しぶりに本気で頭が痛い。

降谷は大きなため息をつくと、先ほどの優華から送られてきていたメールをもう一度表示させる。

【零、久しぶり。やっぱりお仕事中だった?突然だけど今日昼過ぎの便で日本に戻ってきました。しばらく日本にいるつもりだから。それから今日はホテル取ってるんだけど、明日から零んとこ泊めて!ヨロシク!】

何を勝手なことを言ってるんだ。あいつは。

そんなことを思いながら降谷はため息をついた。けれど、そのわがままを完全に無視できないのはやはり降谷にとって優華が特別な存在だからだった。

降谷と優華は二卵性双生児だ。男女の双子ということもあって瓜二つというわけではない。それでも子供の頃二人はまさに一心同体で、常に一緒に行動してそれが当たり前だと信じて疑わないくらいだった。だが、二人の両親はまだ二人が小学生の頃に離婚して、降谷は父親に、優華は母親に引き取られることになった。幼い二人は両親が離婚してしまうことよりも片割れと離れるのが嫌で声を張り上げてわんわんと泣いた。それでも両親達が離婚の意を翻すことはなく、二人は離れ離れになることになった。けれど二人はしょっちゅう電話で近況報告をしあったり、色んな相談をしあったりしていた。学校のこと、友人のこと、恋愛のこと・・・そして二人の母親が再婚するということになった時、年頃で反抗期真っ最中の優華が家出をして一騒動になった時には、慌てて優華の元へ向かい、慰めたりもしていた。年を重ねてもそういった関係は変わらず、二人はしょっちゅう連絡を取っていた。

そういった時間が少しずつなくなったのは降谷が潜入捜査官として黒づくめの組織に潜入した頃だった。「降谷零」という存在を知るものを下手に組織に近づけるわけにはいかない。それは降谷の任務のためにも当然だったが、それより何よりも優華を万が一にも組織と関わらせるようなことにしたくないという降谷の思いだった。もちろん優華は突如連絡が減ったことに寂しがってはいたが、仕事が多忙なことを伝えると寂しそうにしながらもそれは仕方ないと笑っていた。そんな折、優華も日本語教師としてアメリカに渡ることになり、ますます連絡の頻度は減っていった。本来ならばそこで完全に音信不通にするべきタイミングだったのかもしれない。それでも優華の連絡に5回に1回くらいの割合ではメールを返したり電話をかけたりと連絡を返していた。完全に音信不通に出来なかったのは、「降谷零」として自分を繋ぎとめてくれる存在を手放しきれなかったからだ。それほど降谷にとって優華は大切な半身だった。

「とりあえずさっさと仕事を片付けるか・・・。」

優華が一度言い出したら聞かない性格なのは誰よりも知っている。少しでも待たせる時間を短くしてやらなければ。降谷はそんなことを考えながら仕事へと戻っていった。

prev / next

[ back to top ]