秘密の部屋 | ナノ

▼ 14


「ラピス!」

あの先の角を曲がれば寮だというところで、ばたばたと騒がしくハリーとハーマイオニー、ロンが走ってやって来た。
ひやり、とラピスの背中に冷や汗が伝う。

「先に戻ってるよ」
「ええ」

ドラコはハリーを見て顔を顰めるわけでもなく、ラピスに微笑むと、先の角に向かって歩いて行った。

「マルフォイ、一人にして大丈夫かしら……」

ハーマイオニーがラピスに囁く。

「多分、大丈夫。あの角を曲がればすぐ寮の入り口だもの。それ以外の道はないわ」

彼ではない、と思う。
分からないけれど、彼ではない気がする。
勿論、今後も監視は続けるが。

「ハーマイオニー、成功した?」
「ええ」

ラピスの問いに、彼女はにやりと珍しく笑った。

「場所を変えよう」

勿論、その場所は三階の女子トイレだ。
ハーマイオニーに渡された材料を鍋の中に放り込み、ラピスはかき混ぜ始めた。
ハーマイオニーは別として、ハリーとロンは私が"能力に頼った魔法"を使用するところを見ていなかったのだろうか。

「貴女のおかげでゆっくりと探すことが出来たわ」
「すごかったよ、でも、一体何したの?」

ロンが興味津々に問う。

「鍋の中の薬の沸点を極端に低くしたのよ。スネイプ教授が何度も沸騰させてはいけないって仰っていたでしょう?ふくれ薬は沸騰させたら爆発するの。薬自体がふくれて、ね」
「知らなかったわ……!」

ハーマイオニーが感嘆の声を上げる。

「そうよね、火薬や花火を放り込んだら証拠が残ってしまうもの。ふくれ薬の特徴を利用した素晴らしい作戦だわ!」
「君って本当に凄いよ」

ロンがうんうん頷いた。

「スネイプに連れて行かれたのはどうして?まさか、バレた……?」

ハリーが恐る恐る問う。

「いいえ、別のことよ」
「良かった、ひやひやしたよ」
「まぁ、クラッブとゴイルならうっかり薬を沸騰させるかもしれないって、スネイプも思うでしょうね」

ハーマイオニーの言葉に、三人は笑った。

「ラピスが薬を爆発させる事は分かってたけど、マルフォイがあんなことするなんてなぁ」

ロンが思い出したように言って、ハリーの肩がぴくりと動いた。

「そうよ、聞いたわ!ラピス、マルフォイに何かされなかった?」
「いいえ、何も」

ハーマイオニーが興奮しているのに対し、ラピスは冷静に答えて微笑みを返す。

「机が盾になったから薬をかぶらずに済んだのよ」

薬をかぶらなかったのは机のお陰だと、他のものでもないと、ラピスは付け足した。

「そう……」

ハーマイオニーが頷いた時、廊下が騒がしくなった。

「先生達が巡回してるのかな?パーシーが監督性も巡回するって言ってた」
「今日は戻った方が良いわね」

ラピスの言葉に、三人は頷いた。
聞かれてもいないのに説明を付け足したのはわざとらしかっただろうか……。
こんな調子では、いつかばれてしまうだろう。
隠し切れるとは思えない。
やはり、人前に出てきてはいけなかったのではないだろうか…。
秘密にしないといけないと言いながら、アルバスは何故私を外の世界に出したのだろう。
ハリーが何か言いたげに口を開いたが、彼は何も言わずに視線を逸らした。

ラピスは逃げるように寮に戻った。
談話室にドラコはおらず、自室に入って行ったとクラッブが言っていた。
ドラコとあんな状況になった事が許せないのか、パーキンソンがものすごい形相で睨んでいる。
しかし、あの様子ならば心配はない。
"能力に頼った魔法"を使用したところを見たのはハリーと――彼も、気付いているだろう。
机が盾になったとはいえ、一滴も薬がかからなかったことに。
薬をかぶらなかったのは、魔法の盾に守られていたからだと。

目の前であんなにも派手に爆発した薬を、僕も彼女も一滴たりともかぶらなかった。
机が盾になったとしても、一滴もかからなかったのはおかしい。
その証拠に、僕と彼女の周りには薬が飛び散っていた。
僕と彼女の周りを円のように何かが――。
僕の上に何かがあった?
最初の闇の魔術に対する防衛術の授業の時、シャンデリアから僕達を守った、あの盾の魔法だろうか?
でも、いつ?どうやって彼女は杖を振った?呪文を唱えた?
彼女は杖を使わなかった。
呪文も唱えなかった。
何もしなかったんだ。
彼女は、何も――。

これを送ってしまって本当に良いのだろうか……。
何故か、僕は躊躇っていた。
ワシミミズクが脚を付き出し、"早く結べ"と僕を見ている。
先日起こった異変を書いた、父上への手紙だ。
"異変が起これば直ぐに知らせろ"――父上の言い付けだ。
僕は、遂行しなければならない。
手紙をワシミミズクの脚に括りつけると、「ホー」と小さく鳴いて飛び立って行った。

彼女に罪悪感を感じるのは何故……?
何も悪いことはしていない。
でも――。
ドラコは、ワシミミズクが見えなくなるまでそれを見つめていた。

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