少し早かっただろうか。
次の授業は変身術で、ラピスとドラコは教室に向かって廊下を歩いていた。
「ラピス!」
「きゃっ!」
「っ!」
変身術の教室に入ろうとした時、ドラコに名前を呼ばれ、短い悲鳴が聞こえたと共に何かにぶつかる。
否、何かがぶつかってきた。
突然の衝撃に反応出来ず、ラピスはバランスを崩し、そのまま床に倒れた。
「ラピス!」
ドラコの声に目を開けると、自身の上に小柄な女生徒が覆い被さっていた。
ぶつかってきた"何か"は彼女だったのだ。
ブルネットのウェーブのかかった柔らかそうな長い髪の毛が、彼女の顔を隠している。
「痛……」
彼女の身体がぴくりと動く。
「大丈夫?」
「え……?」
ラピスの声に、彼女はゆっくりと顔を上げる。
「……!」
ラピスは目を見開いた。
ブルネットの長い前髪の向こうに輝く、彼女の瞳。
その色を、知っている。
それは、父、エメルドと同じ色だった。
深く澄んだ緑色。
「あ……」
同じく彼女も目を見開き、ラピスを見つめる。
「いつまで彼女に馬乗りになっているつもりだ。失礼だぞ」
「はっ!ご、ごめんなさい!」
ドラコの声に、彼女は我に返る。
がばりと起き上がると、彼女は顔を真赤にさせて俯いた。
端から見れば、とてもおかしな状況だっただろう。
変な噂が立たないと良いけれど。
「大丈夫かい?」
「ええ」
ラピスは、差し出されたドラコの手を取って立ち上がり、制服を払った。
「あの……」
「怪我はなくて?」
口ごもる彼女に、ラピスは聞く。
彼女はハッフルパフの生徒だった。
前の授業が変身術だったのだろう。
制服の状態から見ると、恐らく位置年生だ。
「は、はい。あの…すみませんでした」
「良いのよ。怪我がなくて良かった」
彼女は頭を下げる彼女に、ラピスは少し微笑んだ。
その表情を見て、彼女は頬を染める。
長い前髪に隠れて、彼女の表情は僅かにしか見えないが。
「おい、見ろよ」
「あれってミリアム家の…」
小さく聞こえた声の方に視線をやると、スリザリンの男子生徒が影に隠れて此方を窺っている。
恐らく一年生だろう。
「貴方方、彼女が転んだ訳をご存じ?」
「い、いえ!知りません!」
ラピスの問いに、男子生徒は一目散に地下室を出て行った。
「何かされたの?」
「い、いえ…天」
彼女は俯いたまま首を横に振る。
スリザリン生の考えることだ。
この大人しそうなハッフルパフの彼女をからかっていたのだろう。
「頬、擦りむいているわ」
ラピスは彼女に歩み寄り、頬に触れた。
「っ……!」
彼女は目を見開く。
「こ、これくらい大丈夫です」
「動かないで」
ラピスの凛とした声に、彼女は動きをぴたりと止めた。
ラピスはローブのポケットから小さなクリームケースを取り出すと、その中の白い軟膏を彼女の頬の傷に薄く塗った。
「傷薬よ。傷痕も残らないと思うわ」
ラピスが微笑むと、彼女は再度頬を染めた。
「ラピス?」
後ろからグリーングラスに呼ばれる。
騒がしくなる廊下。
次の授業が始まる時間だ。
「次の授業が始まるわ。急いでお行きなさい」
「は、はい!」
彼女は我に返ったように自身の腕時計を見ると、慌てて地下室を去って行った。
ドラコは不思議そうにラピスを見る。
彼女が他人にあそこまですることは珍しいのだ。
見たところ初対面だったみたいだけれど、何か理由があるのだろうか。
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